星野仙一が「人生でいちばん、誰よりも強く抱きしめた日」――赤星憲広が明かす阪神18年ぶりVの舞台裏【インタビュー後編】
執筆者: ノンフィクションライター/長谷川 晶一

星野から贈られた言葉の数々を胸に
18年1月に星野がこの世を去り、赤星が抱いていた「後悔」を取り戻すチャンスは永遠に失われてしまった。それでも、その胸から闘将の存在が消えることはない。
「やっぱり今でもずっと、星野監督は僕の姿を天国で見てくださっていると思うし、頑張っている姿を見せ続けなければいけないと思っています。今は野球界から離れてテレビの世界で活動していますけど、今後、野球界に戻ることがあれば、また星野監督に見守っていただきながら頑張りたいと思っています」
現役引退後、赤星はテレビを中心としたメディアの世界へと進んだ。星野もかつて解説者やタレントとしてテレビ業界を大事にしていた人物であり、第二の人生を歩み始めた愛弟子に対しても常に高いレベルを求めていた。
「生前の星野さんに、“メディアの世界でもトップになれ”とおっしゃっていただきました。だから、こちらの業界でも、その言葉は常に頭にあります」
こうした恩師の教えは、現在の赤星の仕事の流儀としてそのまま息づいている。グラウンドで叩き込まれた「視野の広さ」と「徹底的な準備力」は、生放送のスタジオという新たな戦場でも最大の武器となった。
「常日頃から星野監督にいろいろ言われていたことは、“とにかく視野を広げろ”ということでした。そして、“とにかく準備が大事や”って。“さらに準備力のレベルを上げれば、お前はもっとすごい選手になる”と言っていただいたこともあります。僕は結局、09年までしか現役を続けられなかったけれど、そこまでにある程度の結果を残せたのは、視野を広げて、周りを見る力を意識したから。そして、常に準備力を大事にしてきたから。それはこれからの人生においても、ずっと忘れずにいたいです」
赤星のプロ野球人生において、星野とともにユニフォームを着たのはわずか2年間である。世間は今も星野を「闘将」と呼び、燃え盛る情熱の男として語ることが多い。しかし、少年時代から星野に憧れ、プロの世界でその背中を追いかけた赤星が、恩師を表すために選んだ言葉はまったく異なるものだった。
赤星憲広が考える星野仙一とは?――“愛”

「星野さんをひと言で言うなら、《愛》です。今までの野球人生において、いろいろな出会いがありましたけど、たった2年しかやっていないのに、ものすごく愛を感じました。野球愛もすごかった。野球に対する愛情、選手たちの家族を大事にする愛情、選手たちに対しての愛情……。厳しさもあったけど、僕は星野さんからは常に愛を感じていました」
勝負に対して誰よりも鬼になれたのは、野球を、そして目の前の選手を心の底から愛していたからに他ならない。あのサヨナラ打を放った直後、赤星の左肩にあざが残るほど強く抱きしめた星野の掌のぬくもりは、そのまま巨大な「愛」の塊だったのである——。
(次回・銀次編に続く)
Profile/赤星憲広(あかほし・のりひろ)
1976年4月10日生まれ、愛知県出身。大府高校から亜細亜大学、JR東日本を経て、2000年ドラフト4位で阪神タイガースに入団し、新人王と盗塁王を獲得。02年に星野仙一監督が就任すると、翌03年には「二番・センター」として、61盗塁をマークして18年ぶりのリーグ優勝に貢献した。プロ入りから5年連続で盗塁王に輝く活躍を見せるものの、09年に中心性脊髄損傷の大怪我を負い、同年に現役を引退。現在は野球評論家として活動する傍ら、少年野球の普及や車椅子の寄贈活動など多方面で活躍中。
Profile/星野仙一(ほしの・せんいち)
1947年1月22日生まれ、岡山県出身。倉敷商業高校、明治大学を経て、68年ドラフト1位で中日ドラゴンズに入団。気迫あふれるピッチングで、現役通算500試合に登板し、146勝121敗34セーブを記録。現役引退後はNHK解説者を経て、87~91年、96~2001年と二期にわたって古巣・ドラゴンズを率いる。02~03年は阪神タイガース、07~08年は日本代表、そして11~14年は東北楽天ゴールデンイーグルスで監督を務める。17年、野球殿堂入り。翌18年1月4日、70歳で天に召される。
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インタビュー&文=長谷川晶一
撮影=松本朋也
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この記事を書いた人
1970年生まれ。早稲田大学卒業後に出版社へ入社し、女子高生雑誌『Cawaii!』などのファッション誌の編集に携わる。2003年からフリーに。ノンフィクションライターとして活動しながら、プロ野球12 球団すべてのファンクラブに入会する「12 球団ファンクラブ評論家®」としての顔も持つ。熱狂的な東京ヤクルトスワローズファンとしても知られ、神宮球場でのホームゲームには全試合駆けつける。単行本が7刷となり文庫化もされている『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(単行本:インプレス、文庫:双葉社)をはじめ、ヤクルト関連の著書・連載多数。スポーツ総合雑誌『Sports Graphic Number』(文藝春秋)にも定期的に寄稿中。日本文藝家協会会員。
お問い合わせ:smartofficial@takarajimasha.co.jp
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