【衝撃の告白】GG佐藤が明かす北京五輪の裏側…“張り切った代償”ゆえ「実は痛み止めで頭がフラフラだった」
執筆者: ノンフィクションライター/長谷川 晶一

北京五輪本番、準決勝での2つのエラー
初陣となったキューバ戦に敗れる苦しいスタートとなったものの、4勝3敗でなんとか予選リーグを勝ち上がって準決勝に進んだ。8月22日、金メダルを目指す星野ジャパンの前に立ちはだかったのが、長年にわたって「宿命のライバル」と称される韓国だった。
「序盤は2点をリードしていたけれど、試合の空気は予選とは別物でしたね。4回裏、レフト前に転がるゴロヒット。本来なら落ち着いてさばける打球を、肩の不安があるから“早く投げて、早く処理しなければ”と焦ってしまって……」
それは、何でもない平凡なゴロだった。しかし、この打球をGGはトンネルしてしまう。そして、後続打者のゲッツー崩れの間に韓国は得点を挙げる。
「あんな簡単なゴロが捕れないなんて……。これでオレのせいで負けたらヤバいぞ。本当にそう思っちゃったんです。その後、守備に就くたびに、“マジで打球飛んでくるな”って、心から願っていましたね」
まるで、野球を始めたばかりの自信がない少年のように、「打球よ、飛んでくるな」と思いながら、GGはグラウンドに立っていた。しばらくの間は、その願いが通じていた。しかし、同点に追いつかれ、8回に逆転を許した直後、再び打球が飛んできた。レフトフライだ。上がった瞬間、彼はセンターの青木宣親に「青木、捕ってくれ!」と願った。しかし、それはGGが処理すべき打球だった。

「8回のフライはセンターの青木と僕の間に飛んできました。青木は守備がうまい。だから内心では、“青木が捕ってくれないかな”と思っていました。口には出さなかったけど、心の中では“アオキーーーーーー!”って叫んでいました。でも、実際は完全に僕が捕る打球でしたけど……」
そして、ボールは無情にも、GGのグラブからこぼれ落ちた。
「4回にゴロをエラーしてから、その間にフライが飛んでこなかったんです。だから、ずっと不安な気持ちのままで守っていました。もしもこの間にイージーフライでも処理していれば、もっと気楽な感じで守れたかもしれなかったんですけど……」
試合後、阿部慎之助や森野将彦に食事に誘われ、「気にするなよ」と励まされたが、彼の心はすでに閉ざされていた。もう何も考える余裕などなかった。星野の顔も見ることはできなかった。星野もまた、何も言おうとしなかった。

「星野監督からは何もなかったし、正直、誰の言葉も耳に入らなかった。もう切り替えるなんて無理。翌日の3位決定戦も、出たくないという気持ちもあって、何の準備もせずベンチから応援するつもりでいましたね。あのとき、さらに試合に出続けるメンタルは、さすがに僕にはもう残っていなかった……」
しかし、彼の苦難の道はなおも続く。翌23日、銅メダルをかけた3位決定戦でも、GGはスタメン起用され、3点リードで迎えた3回に、またしても浅いレフトフライを落球してしまうのである——。
(後編に続く)
Profile/GG佐藤(じーじー・さとう)
1978年8月9日生まれ、千葉県出身。桐蔭学園高校から法政大学を経て、2003年ドラフト7巡目で西武ライオンズに入団。登録名を「GG佐藤」とし、フルスイングを武器に長距離砲として台頭。07年からレギュラー起用が増え、翌08年には前半戦だけで20本塁打を放つなど大ブレイクを果たす。同年の北京五輪日本代表に選出されるも、準決勝、3位決定戦での失策により大きな試練を味わった。12年にイタリアリーグ、13年に千葉ロッテマリーンズを経て、14年に現役引退。引退後は野球評論家となり、「日本一失敗を語れる男」として、執筆や講演活動も精力的に行っている。
Profile/星野仙一(ほしの・せんいち)
1947年1月22日生まれ、岡山県出身。倉敷商業高校、明治大学を経て、68年ドラフト1位で中日ドラゴンズに入団。気迫あふれるピッチングで、現役通算500試合に登板し、146勝121敗34セーブを記録。現役引退後はNHK解説者を経て、87~91年、96~2001年と二期にわたって古巣・ドラゴンズを率いる。02~03年は阪神タイガース、07~08年は日本代表、そして11~14年は東北楽天ゴールデンイーグルスで監督を務める。17年、野球殿堂入り。翌18年1月4日、70歳で天に召される。
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インタビュー&文=長谷川晶一
撮影=大村聡志
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この記事を書いた人
1970年生まれ。早稲田大学卒業後に出版社へ入社し、女子高生雑誌『Cawaii!』などのファッション誌の編集に携わる。2003年からフリーに。ノンフィクションライターとして活動しながら、プロ野球12 球団すべてのファンクラブに入会する「12 球団ファンクラブ評論家®」としての顔も持つ。熱狂的な東京ヤクルトスワローズファンとしても知られ、神宮球場でのホームゲームには全試合駆けつける。単行本が7刷となり文庫化もされている『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(単行本:インプレス、文庫:双葉社)をはじめ、ヤクルト関連の著書・連載多数。スポーツ総合雑誌『Sports Graphic Number』(文藝春秋)にも定期的に寄稿中。日本文藝家協会会員。
お問い合わせ:smartofficial@takarajimasha.co.jp
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