【AI時代の音楽と恋愛はどうなる?】音楽家・渋谷慶一郎が語る「経験の重ね方」と「自分に気がある人へ行け!」12月19日に2年ぶりのピアノソロ公演を開催
執筆者: 音楽家・記者/小池直也
極端さに揺り戻したほうがいい
――ところで先日アメリカで14歳の少年がAIチャットボットの恋人に精神的にも性的にもハマり、最終的に自殺したというニュースがありました。生成AIの発達が人間の恋愛に影響を及ぼすと思いますか?
渋谷:当然あるでしょう。アンドロイドの進化は性行為可能なロボットを作れば、もっと早まったはずで、それができなかった理由は大学などのアカデミックな研究機関で開発されていたからでしょう。エロって人間の欲望の中枢にあるから、テクノロジーの進化スピードを速めるんだけど、アカデミアの限界というのもある。
その一方でAIは形がないからアダルトコンテンツとしても発展していくでしょう。さっき言ってたみたいに常にリアルタイムで話し相手になってくれるAIに恋愛している気になる人は全然いるだろうし、それが大多数になってもおかしくない。
――ちなみに2038年のアンドロイドを主人公にしたゲーム『Detroit Become Human』(2018年発売)の世界では「68%の男性がリアルな女性よりもアンドロイドの女性と性行為をしたいと思っており、52%の男性が少なくとも一度はアンドロイドの女性と関係を持ったことがある」という記述が出てきます。その理由は「セックスの後で、どんな気持ちか話したがったりしないから」。
渋谷:それはかなり絶望的な話だな(笑)。でもAIを搭載したアンドロイドなら人間との恋愛に限りなく近づくと考えられなくもない。そしてありきたりだけど、遊びのつもりが気がつくと好きになってたみたいな恋愛の機微ってあるでしょ。あれは自分や相手の気持ちのグラデーション的な変化を感じる面白さがあるよね。それが最初に話した時間の複層性を感知できることでもあるから、それがAIとアンドロイドで可能になったら凄いとは思う。
逆に人間同士では「細かい機微なんて要らない」、「子どもを産む遺伝子さえあれば結婚相手や生活は要らない」とか「食べ物も栄養さえあれば何でもいい」みたいなジャッジが増えていくのかもしれない。
――そして、12月のピアノソロ公演も予測不可能性があったり?
渋谷:音楽的な要素は僕のピアノとゲストの石上真由子さんのバイオリンだけなんだけど、ステージデザインを建築家の妹島和世さんにお願いしたら予想外の展開になっていて。
ステージに「Living Room」があって、そこで僕たちが演奏しているのをお客さん達が見ているという風にしてほしいと話したら、妹島さんが作った家具やオブジェの他に所有しているミースやコルビジェの家具もセッティングしようという話になったのね。
それで、打ち合わせに伺ったらなんと完璧な模型が出来上がってて。紀尾井ホールのステージ、客席を含んだピアノや家具やオブジェも全てミニチュアになっているステージが模型化されてて本当にびっくりした。当然、普通のリビングルームではなくて超現実化してて、凄いことになってるので楽しみにしててほしい。
――他に見どころは?
渋谷:空間をデザインしてもらうなら以前から香りと音楽で何かやろうと話してたLa Nuit parfumと和泉侃さんに僕のピアノソロのアルバムの『for maria』をイメージしてオリジナルで香りを作ってもらって、それを会場に漂わせることにした。これも相当な試行錯誤をして出来上がったんだけど、打ち合わせで「このアルバムを作ってる時、僕は安定剤を飲んでたこともあって波のない海のように静かなアルバムなんです」と話したら和泉さんはそれを理解するために実際に安定剤飲んで調香したらしい(笑)。
こういう極端な人たちと仕事をするというのは喜びであってね。「生成AIが音楽を作れるようになったら作曲家はいらなくなるのか?」みたいな議論の外側に音楽というフレームでやれることは全然あるなと思ったし、そのフレームデザインも含めて音楽なんだと思う。時間と空間、つまり経験を作るということね。
――では最後に恋愛に悩む読者に激励の言葉を。
渋谷:自分のことを好きなやつと付き合え、やりたいと思ったことを全部試してから次へ行け、かな。なんだか昔あった雑誌『Hot-Dog PRESS』で連載してたハードボイルド作家・北方健三さんの人生相談みたいだけど。
その連載で今でも覚えているのは「彼女に『ワキが臭い』という理由でフラれました。どうしたらいいんでしょう」とかいう相談で、それに対する北方氏の回答が「俺と付き合った若い女でそういう奴がいた。俺はその女の髪を鷲掴みにして30分間、顔をワキに押し付けた。その女も今では俺のワキの匂いなしには生きられなくなっている」という、現代だったら100%アウトな回答なんだけど、僕の青春はそんな時代だった(笑)。
今はこういう間違った極端さに少し揺り戻した方がいい気がする。上手くいかなかったら撤退すればいいだけだし、人間的なエラーとか事故、予測不可能性はどんどん貴重になるから。AIも平均値をいくら集めても限界があって極端さや天才、狂人のサンプルが必要というのはよく言われているし、AIが生活に浸透するほど、そういう極端な人の方がモテるかもね。
Profile/渋谷慶一郎(しぶやけいいちろう)
音楽家。2002年に音楽レーベルATAKを設立。作品は先鋭的な電子音楽作品からピアノソロ 、オペラ、映画音楽、サウンド・インスタレーションまで多岐にわたり、東京・パリを拠点に活動を行う。
2012年に初音ミク主演による人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』を発表、同作品はパリ・シャトレ座公演を皮切りにヨーロッパを中心に世界中で公演が行われた。2018年にアンドロイド・オペラ『Scary Beauty』を発表。2021年は新国立劇場の委嘱新制作にてオペラ作品『Super Angels』の作曲を務め、アンドロイドとオペラ歌手、合唱、バレエダンサー、東京フィルハーモニー交響楽団との共演を果たした。
2022年3月にはドバイ万博にてアンドロイドと仏教音楽・声明、UAE現地のオーケストラのコラボレーションによるアンドロイド・オペラ『MIRROR』を発表。2023年6月にはパリ・シャトレ座にて70分の完全版となる同作を初演、今年6月に恵比寿ガーデンホールにて東京凱旋公演。
これまでに数多くの映画音楽も手掛け、2020年には草彅剛主演映画「ミッドナイトスワン」の音楽を担当。本作で第75回毎日映画コンクール音楽賞、第30回日本映画批評家大賞、映画音楽賞を受賞。2024年4月にはMilan Design Weekにて、自身のサウンドインスタレーション「Abstract Music」をLEXUS展示にて発表。
X:@keiichiroshibuy
Instagram:@keiichiroshibuy
■公演情報
「Keiichiro Shibuya Playing Piano―Living Room」
日時:12月19日(木)・開場18:20/開演19:00
会場:紀尾井ホール(東京都千代田区紀尾井町6-5)
■リリース情報
『ATAK027 ANDROID OPERA MIRROR』
発売日:2025年2月21日(金)
配信・CD同日リリース予定
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撮影=Grégoire Alexandre
インタビュー&文=小池直也
この記事を書いた人
音楽家/記者。1987年生まれのゆとり第1世代、山梨出身。明治大学文学部卒で日本近代文学を専攻していた。自らもサックスプレイヤーであることから、音楽を中心としたカルチャー全般の取材に携わる。最も得意とするのはジャズやヒップホップ、R&Bなどのブラックミュージック。00年代のファッション雑誌を愛読していたこともあり、そこに掲載されうる内容の取材はほぼ対応可能です。
Website:https://smartmag.jp/
お問い合わせ:smartofficial@takarajimasha.co.jp
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