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世界を巡りながら番組作りをするMEGURU氏の“世界基準の肌感覚”「世界や時代の潮流を知らないと社会の変化についていけない」

執筆者: エディター・ライター/相馬香織

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アメリカの大学卒業後、現地のラジオ局で勤務。その後帰国し、ラジオDJとして活動をしてきたMEGURU氏。現在は、日本を再び飛び出し、世界のあちこちで取材を行いながらPIVOTの『WORLD STREET JOURNAL』やウェブメディア『WORLD REPORT CHANNEL』などさまざまな番組を手がけている。今回は、そんなMEGURU氏に世界と日本の違いをあれこれと伺った。世界各国を見て、感じる彼が今、若者に投げかけたい言葉とは?

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世界や時代の変化に気づける人は
どんなことにも臨機応変に対応できる

――MEGURUさんがラジオDJやアーティストとしての活動を始めたきっかけは?

MEGURU:父が同じような仕事をしていて、父親の背中を見て育ったというのが大きなきっかけです。

――幼い頃からの夢だったんですか?

MEGURU:もともとは幼稚園の頃からずっとサッカーをやっていて、高校にもサッカー推薦で入学をしたんです。でも怪我をしてしまって少しやさぐれていた頃、母親から「オーストラリアにでも行ってきたら?」と提案があり、高2の夏休みを利用してオーストラリアのサマープログラムに参加しました。それが自分にとってとても新鮮で刺激的で、大学受験とか考えられなくなってしまって高校卒業と同時にすぐオーストラリアに飛びました。

――オーストラリアにはどのくらいいたのですか?

MEGURU:1年いたのですが英語がまったくできず、話すこともできなかったので、自分の無力さに気づいたんですよね。僕が住んでいたところが田舎の集合住宅地で景観が似ていたので、ある日バスに乗っていたらどこで降りるかわからなくなってしまって。携帯電話もないし、英語も話せないので「これは詰んだな」と思いました(笑)。何もできないから何かが起きても無力なんです。そういうことを繰り返していくうちに「これはまずい」と思って、そこから必死に英語の勉強をしました。その後アメリカの大学に入学し、RADIO PRODUCTIONを専攻しました。

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――卒業後はロサンゼルスのラジオ局に勤務されていましたが、海外で働くうえで大変だったことはありますか?

MEGURU:仕事をするうえではやはり言語ですね。一つ間違うと仕事のミスに繋がるという緊張感があります。とくに僕は報道の世界にいたので、何か言葉を聞き間違えしまうと放送事故になる可能性もある。なのでそのプレッシャーは大きかったです。

もう一つはビザの問題です。大学を卒業するとOPT(Optional Practical Training)というビザを取得できるのでそれで1年間働くことができるんですが、その後も就労するためにはビザの取得が必要なんです。外国人が日本で働く時もそうなんですが、ビザの取得というのは海外で就労するためのハードルの一つです。

――その後日本に帰国されましたが、そのきっかけは何だったんですか?

MEGURU:アメリカのラジオ局では裏方として働いていたんですが、表に出てみたくなったんです。しかしここでもさっき話した言語の問題が出てきてしまい、僕はネイティブではないのでアメリカのラジオ局で「しゃべり」でフロントに立つのは難しい。その頃は、結局行かなかったんですが世界一周をしようとも考えていたので、日本に帰る決断をしました。

――帰国後、仕事はすぐに見つかりましたか?

MEGURU:その頃って「自分は何でもできるやつ」と勘違いしていた時期だったんです。俗にいう“海外から帰ってきた痛いやつ”って感じで(笑)。地元・愛知のZIP-FMというラジオ局のラジオDJのオーディションを受けたんですが、「俺が1位だろうな」と思っていたら最終選考で3位。めっちゃ挫折しましたね。その後FM802やJ-WAVEなどいろいろ受けて、最終審査まで進むんですが全部ダメなんです。

なのでラジオの仕事は一度諦めたんです。アメリカでトップDJと言われる人は、ラジオDJもセレブが集まるナイトクラブのDJも両方やっていて、それがすごくかっこいいんです。僕の父はミュージシャンでもありましたが、僕は楽器がそこまで上手くはなかったんです。でも音楽は好きだったし、「人の音楽をかけることはできる」と思い、クラブDJを始めました。オーディションを受けている間、クラブDJとしての仕事がぽんぽんと決まってき、だんだん稼げるようにもなって、気づいたら帰国して1年が経っていました。

ちょうどその時、以前オーディションを受けたラジオ局のプロデューサーが「今年はオーディンションを受けないのか?」と言ってくれて。受けるつもりがなかったんですが(笑)、デモテープを出してみれば?と言われ、そこからエントリーしてみたらありがたいことにグランプリになって、ラジオDJとしてデビューが決まりました。

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――その頃から一つのお仕事というよりも、さまざまなお仕事をされていたんですね。

MEGURU:日本って箱物主義というか「この仕事はこれしかしちゃいけない」っていう感覚が強すぎると思うんです。ラジオDJはラジオでしか稼げないわけじゃないし、みんないろんなフィールドで活躍していいと思うんです。自分が活躍できる領域が他にあるんだったら、やればいいと思います。

最近、ChatGPTなどのAIが進化すると「こんな仕事がいずれはなくなる!」というようなことが話題になりますが、それは時代の変化や価値観、感覚の変化に気づいていない人が、遅れていってしまうというだけのことだと思うんですよ。変化に強い人間はどんどん適応していけるし、それらを活用しながら新しいものを作っていける。時代だけでなく世界もどんどん変化しているし、そこにいかにアジャストしていけるかが大切なんじゃないかと。だから「この仕事をやっているから他をやるな」みたいな考え方はもったいないと思います。自分のできること、能力をいろいろ身につけて、臨機応変でいたいですよね。

――それって日本の教育も影響しているんでしょうか?

MEGURU:最近は日本の教育も変化していると思いますが、日本って記憶力型の教育だと思うんです。一方アメリカの授業はディベートをしたり、物事の本質的なことを考えてそれをどうやって活用していくかという実践型の教育だと思います。「これだけ抑えておけばいい」みたいな記憶力型の教育やそういう人が評価される社会の仕組みだと、「その仕事をやる意味」や「どうしてその仕事をやるのか」というところを考えられなくなってしまう。それでいうと勉強も同様で、「なぜ勉強するのか」「なぜ学校に行くのか」という意味をもっと考えてみると、学校も勉強ももっと楽しくなると思います。

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――今まで積み重ねたキャリアとは別に、昨年から世界を巡って取材を行う活動を始めていますが、そこに至った経緯は?

MEGURU:端的に言うと、日本のマスコミ業界の産業構造に問題があると感じたからです。これは僕が体験した一例ですが、コロナ禍で周りがリモートワークをどんどん取り入れている中、僕はスタジオに行かないと生放送ができなかったんです。ラジオ局に「リモートでできませんか?」と提案したんですが、なかなか新しいことを取り入れてくれなくて。「前例のないことをやって、責任を取りたくないのかな?」と思いましたね。

これってマスコミ業界の問題だけでなく、さまざまな業界でも起きていることだと思うんです。それが日本の経済や成長が停滞してしまった原因だと思うし、こういう構造を変えていく必要がある。自分でも新しい働き方を模索しなきゃいけないなって思って、今の活動を始めました。

僕、ラジオの仕事を辞めた訳ではなくて、今でも海外を巡りながらもラジオ局にも番組を納品してるんです。海外にいてもできないことってあまりなくて、仕組みを変えたり工夫するだけで、スタジオにいなくても番組が作れているんです。いろんなことをしているように見えるけど、キャリアチェンジはしていません(笑)。ずっとメディアの人間としてメディアで生きているし、その姿勢は一貫しているんです。

――海外経験が豊富なMEGURUさんですが、海外に行くことで得られるものって何でしょうか?

MEGURU:例えば中国の華僑の人たちが、東南アジアでどんどんビジネスを展開していますが、マレーシアには「ブミプトラ政策」といって、現地のマレーシア人を優遇する措置を行っています。そうしないと華僑の人たちがどんどん経済圏を占めていってしまうんです。

じゃあなぜ華僑の人たちがそこまでビジネスを展開していけるのかを考えると、現地の華僑や中国人のコミュニティや結びつきが強いからなんです。情報を交換して一致団結している。以前フィリピンで取材した経済学者の入山章栄さんが「共振性」という言葉をおっしゃっていて、まさにそれだと思いました。海外にいてこそ知れることや肌で感じること、そこから生まれるアイデアや知恵を共有できるというのは強いと思います。

別に僕は「海外に行くことが絶対にいい!」と勧める気はありません。日本にいるからこそ得られるものもたくさんあると思います。でも、海外にいて初めてわかる自国の優位性やアドバンテージというものもあると思うんですよね。こういうことって日本にいたら「当たり前」すぎて気づかないんです。海外に出ると必然的に自分のことを俯瞰で見ることができるし、それにより自分をもっと知ることができる。それは大切なことではないかと思います。

――MEGURUさんには大学生のアシスタントさんが同行されていると伺いました。世界を巡る中で、現地の若者と触れ合う機会も多いと思いますが、どんなところに日本の若者との違いを感じますか?

MEGURU:例えばインドと比べると、日本はやはり豊かな国なので若者にハングリー精神が生まれにくいですよね。

日本は今、失われた30年と言われていて、実質的には貧しくなっているんですが、それが急激に貧しくなっている訳ではなく、ゆっくり少しずつ貧しくなっているのでなかなか気づかないんですよ。その一方、ネットが不自由なく使えるような環境になって、音楽や映画などのサブスクも充実しています。そうした中で生きていけるのは心地いいし、とてもいいことなんですが、僕らは先代が作ってくれた財産を食い潰しながら生きているだけなんです。

一方、インドは14億人の人口がいて、僕が取材したインド工科大学(通称IIT)は早稲田大学の100倍難しいと言われています。インドには日本の10倍以上の人口がいるんだから競争も激しくなりますよね。また貧しい国だったので、自分たちが豊かになるために世界へと出ていく人がどんどんと増えています。実際、マイクロソフトやGoogleにもインド人がたくさんいて、イギリスでもインド系の首相が誕生しました。さらにカースト制度の影響も深く関わっていて、「テクノロジーがカーストを超える」ではないですが、ITっていう今までなかった職業を得ることで貧困から抜け出すことができるようになりました。だからインドの学生はものすごく勉強をしているんです。

一緒に同行してくれていたアシスタントは、大学で全然勉強をしていなかったようなんですが、いろんな世界を一緒に巡るうちに「大学に戻って一から勉強し直したい」と言うようになりました。そうした刺激を得ることができたのも、海外に出て自分の目で見て、肌で感じたからこそ。彼にとってもとてもいい経験になったんじゃないかと思います。

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――『smart』を読んでいる若者に向けて、アドバイスするとしたらどんなことをアドバイスしたいですか?

MEGURU:「そのままでいいと思うんだったら、そのままでいいんじゃない?でも本当にそう思う?」。これですね(笑)。僕が海外に出て経験したことや感じていることは、自分がやりたいからやっていることなので、一概にそれがいいという訳ではありません。自分が現状に満足していて、そのままでいいと思うんであればそれでいいと思うし、否定するつもりもありません。

でも、自分の思うような道や答えに辿り着くようにするためには、もうちょっと深く考えてみてもいいのかなと。何をするにしても自分で考えることは大切なことだと思いますよ。

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Profile/MEGURU(めぐる)
ミュージシャンでラジオDJの父の背中を見て育つ。 高校卒業後オーストラリア、アメリカに留学し、RADIO PRODUCTIONを専攻。 卒業後はロサンゼルスのラジオ局KPCC、MOVIN939、Power106に勤務。 帰国後はZIP-FMミュージックナビゲーターとしてデビューし、ワンマンスタイルで自身の番組をプロデュースする。現在は、会社経営を行うとともに、世界を取材しながらさまざまなエンタメを作る仕事を中心に活動。PIVOT『WORLD STREET JOURNAL』、ZIP 『WORLDs SDGs』のほか、視聴者と一緒に作る世界取材型の新しい形のウェブメディア『WORLD REPORT CHANNEL』を手掛けている。
▼世界の今日(いま)を見て日本の明日(未来)を考えよう! 旅するメディアWORLD REPORT Ch
https://www.youtube.com/@worldreportchannel

取材・文=相馬香織

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この記事を書いた人

映画配給会社を経て、出版社で企画立ち上げ、海外取材などを数々こなし編集長に就任。現在はベトナム・ハノイを拠点に、日本、韓国を飛び回りフリーランスの編集者として活動中。趣味はアクセサリー製作。インスタではベトナム情報をメインに発信中。

Instagram:@_kaori.soma

Website:https://smartmag.jp/

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