ベトナムを席捲する有名ピザチェーン店オーナーは日本人。「Pizza 4P’s」CEO・益子陽介氏インタビュー
執筆者:相馬香織
ベトナムには日本人のみならず、ベトナム人や現地在住外国人に愛されるピザ店がある。ホーチミンに13店舗、ハノイに10店舗だけでなく、ダナンやニャチャン、ビンズオンのほか、カンボジアにも出店をしている人気チェーン店「Pizza 4P’s」だ。この人気店を作ったのは日本人である益子陽介氏。日本企業で働きながら起業への夢を抱き、若くしてベトナムの地で夢を叶えた益子氏に、起業に至る経緯やベトナムでの苦労、今後の目標を伺った。
喜んでもらえることが自分の幸せ。
ベトナムでの起業のきっかけは
自身の原体験
―まずは、益子さんがベトナムに来た経緯を教えてください。
益子:大学卒業後に商社に就職し、バーレーンやインド、タイなどの輸入関係の仕事をしていました。その後サイバーエージェントに転職し、広告営業を担当していたんですが、ベトナムでのポジションを募集していたので手を挙げたところ投資部門への異動が決まり、サイバーエージェントの駐在員としてハノイに来たのが最初のきっかけです。サイバーエージェントに転職する時から、「将来的には海外で働いたり、起業をしたい」と話していたので、タイミングよく海外で働くことができました。
―駐在員としてベトナムに来てから、実際に起業をするに至ったきっかけは何だったのですか?
益子:もともと起業したいという思いはありましたが、ベトナムには起業をしようと思って来たわけではなかったんです。でも住んでみると当時のベトナムはないものだらけだったので、起業のチャンスだなって思ったのがきっかけの一つでした。ベトナムって人との距離がとても近いんですよね。そういうところも含めてベトナムが好きになって、もっと住みたいと思うようになって。そのために、自分で何か事業を起こそうと思ったんです。
さらに、僕が勤めていた投資部門の仕事って、経営者とともに時間を過ごすことも多いんですが、最初に投資した会社の社長がどんどん成長していく姿を間近で見ていて、焦りを抱いたというのもありました。彼は同い年だったんですが、苦労も多い分、会社だけでなく人としても成長していて、僕の成長速度とはあまりにも違っていたんです。サイバーエージェントに「いずれは起業したい」といって入社したことを思い出して、僕も始めようと思い、起業をしました。
―そこで始めたのがピザ屋「Pizza 4P’s」ですが、なぜ飲食店という道を選んだのですか?
益子:駐在員当時、取引先の一つにモバイルゲーム会社があったのですが、いかに課金をさせるかを話し合っていました。自分は子どもに課金はダメと言ったりするので、仕事とのギャップを感じていたんですよね。べトナムに駐在をした頃に子どもが生まれ、それをきっかけに自分の価値観に合う、子どもに誇れる仕事をしたいと思うようになったんです。
起業する前には、100個ほどの事業アイデアを書いて、「本当にこれでいいのか?」と検証したり、「本当にベトナムでいいのか?」を模索するために、インドネシアやシンガポールなどの東南アジアやヨーロッパの国々を巡ったりしました。でも結局「自分が一番ワクワクしたことって何だろう」と振り返った時に、2005年に東京の自宅の庭にピザ窯を作って、みんなに喜んでもらったことが深く思い出に残っていたので、まずはその原体験を事業として展開してみようと思いました。
―「自分がワクワクしたこと」=「人に喜んでもらえたこと」だったんですね。
益子:そうですね。実は僕、最近やっとこうしてインタビューでも話せるようになったんですが、親友を自殺で亡くしたことがきっかけでうつ病を患っていたことがあるんです。その親友は、映画祭で賞をもらったり、家族や彼女にも恵まれていて、一般的には幸せといわれるような環境で育っていたんですが、自ら死を選んでしまったんです。「幸せ」って何かわからなくなり、僕も自分は「不幸せだ」「I’m not good enough(私は不十分である)」と感じていた時期がありました。でもたまたま当時の彼女に頼まれてピザ窯を作ってみたらすごく喜んでもらえて、「人を喜ばせることが自分の幸せなんだ」と感じたんです。
いつも何かが満たされていない気持ちがあったけど、このピザ窯作りをきっかけに、「すでにenoughだ(十分なんだ)」と感じることができたことは大きかったです。
―ホーチミンでお店を始めたわけですが、ベトナムで起業するにあたり、日本人だからこその強みはありましたか?
益子:日本は、どこに行っても質の高いサービスや料理を提供してもらえるので、そうした経験値を積んでいることは強みだと思います。それは料理だけでなくあらゆる面でもそうですが、“当たり前”の基準が高いんです。
―ベトナム人の従業員にその“当たり前”を教えていくことは大変ではないですか?
益子:大変ですよ(笑)。僕たち日本人が、“基本”や“当たり前”と思うことが彼らには当たり前ではないんです。例えばですが、床を拭いた雑巾でテーブルを拭いてはいけないというのが、当たり前ではないみたいな感じですね。
いくら「ルールだから!こういうものだから!」と伝えても、僕たちの当たり前が、どうして当たり前なのかの理由を掘り下げ、言語化して伝えていくっていうプロセスを踏まないと理解してもらえないんです。ちゃんとした理由付けと、根気強く言い続けることが重要です。
―ベトナムで起業してみて、これは一番大変だったということはなんですか?
益子:いろいろありましたけど、一番大変だったのはコロナ禍でロックダウンした時ですね。お店の営業ができなかったので、倒産しそうになりました。銀行も融資してくれなかったので、上場企業の社長の方や知り合いの方にお金を借りたり、社債を発行したりしてなんとか乗り切りました。
―ベトナムならではの大変さはありましたか?
益子:ハノイの1号店をリーコックスというところに出店したのですが、売上も一番いいお店だったにも関わらず、オーナーが契約中に突然出ていってほしいと言ってきて退去しなければならなくなったり、店舗契約をしたけれど実はその建物が違法建築だったので、何もできないまま前払いした家賃も返してもらえないとか(笑)。ベトナムならではの大変なことはたくさんあります。他にも、お客さんが「食中毒になったから公にしてほしくなければお金を払え」と脅迫してきたこともありました。後ほどビデオで検証したら、「これで当たった」と言っていたものをその人が食べていなかったことが判明したんですけどね。
―日本ではなかなか起きないことが起こるんですね。
益子:そうですね。外資系企業は狙われやすいので、少しミスをしただけでものすごく突っ込まれて、お金を要求されたりというのもあります。ベトナムの企業よりも余計にお金を払っていると思います。
―いろいろな苦労や大変なこともあったと思いますが、そういう場面に直面した時に気持ちを切り替える方法や乗り越える方法はありますか?
益子:自分がその苦労に直面しても、自分は何を目標にして、何を目指したいかで対応が違うと思うんです。自分がしたい目標があって、それを本気で達成したいのであれば、立ち向かったり、頑張ったり、時には人と競ったりすることも必要だと思います。
ベトナムで働いている子たちは平均給与が4、5万円なんですが、ロックダウンですべてが止まると、政府からの十分な支援もないので食べていけない状態になるんです。そういうことを間近で見ているからこそ、僕の場合は「彼らのサポートになれるように」というのがモチベーションになっていますし、目標を作って、それに向かって頑張ろうと思うようにしています。
―今、日本でも起業する若者が増えています。起業をする上で大切なことはありますか?
益子:それも目標設定次第かなと思います。自分が食べられるだけの稼ぎでいいなら、本当に好きなことをすればいいし、その生き方には僕も共感する部分があります。
でも、起業して社会や人に還元していきたいとなると、会社として成長する必要が出てくるので、そうなると目標を設けないといけなくなりますよね。目的や目標を作るべきか、正直わからないんです。無責任に聞こえるかもしれないですけど、別にそうした目標を作らなくてもいい生き方もあると思うんです。
僕は娘と一緒にバンドをやるくらいめちゃくちゃ仲がいいんですけど、自分が本当にやりたいことをやってほしいと思っていて、何かを押し付けるのは違うなっていうのが僕の根本的な考えなので、彼女には「行きたくないなら高校にも行かなくていいよ」と言ってます。
―日本と異なることも多い海外で起業するために、大切なことはありますか?
益子:ある程度従業員を雇い、会社組織として大きくしていくってことを目標にするのであれば、「気持ちが折れないようにすること」が大切ですね。海外起業は大変なことも多いですが、日本人が当たり前と思っていることが、当たり前でないことがあまりにも多いので。
―ベトナムの従業員を雇うなかで大変だったことはありましたか?
益子:お金を盗んだりはよくあるんですが、従業員同士が喧嘩になって厨房でナイフを振り回したこともありました。あと、一番ショックだったのは、次の社長を決めるにあたり、信用できるベトナム人を採用し、次期社長の話もして一緒にやってきていたんですが、コロナ禍に「F&Bオペレーションは疲れて、家族とのバランスを取りたいので辞めます」って突然メールがきて。これは結構ショックでしたし、人間不信になりました。
―なかなか人材を育てにくいというのはよく聞きます。
益子:そうなんです。他の会社に移るのはお金だけじゃないよと言いながらも、給与で転職しちゃうというのも結構あります。僕はわりと人を信じるタイプだったんですが、人を疑わないといけなくなってしまったのが苦痛です(笑)。純粋に信じたいんですが、裏切られることに傷ついてしまうので、人を信じることが怖くなってしまうんですよね。
―Pizza 4P‘sではプラスチックを使用しなかったり、循環をテーマにした店舗を作ったりと環境面に配慮した取り組みをされていますが、それを目指したきっかけはなんだったんですか?
益子:環境や自然など自分以外のことを考えて動くことは、結果として自分に返ってくると思っているんです。例えばもし自分がプラスチックごみを捨てていて、ベトナムのリゾート地に行った時に海が汚れていたら嫌だなと思うように、自分たちが環境面に配慮した取り組みをすることは、自分たちに返ってくると思っています。そうした取り組みは自然にやっている感覚なのですが、全然まだまだできていないことも多いので、それらを発信することに後ろめたさもあるんです。
社内からは、「全然できていないから、そういう取り組みをしていることを発信するべきではない」と声があがったり、「アメリカではそうした会社が倒産した事例があるからやめろ」とか、いろいろ言われるので悩みながら発信しているんです。でもPizza 4P’sでは、できていないことも含めてレポートしていますし、僕たちが発信することで、誰かに影響を与えることもあるんじゃないかと思っています。
実際に従業員の意識も変わってきているので、やっぱりそうした取り組みをやってよかったなと思います。
―今後の展開として、日本への出店の話もあると伺いましたが、どんなお店になる予定ですか?
益子:2023年内に、東京の新しい商業施設に出店予定です。日本って海外から見ると幸せそうな国に思えるのに、不幸大国にも見えるので、そのギャップをどうやって埋めたりどうやって解決すべきかのきっかけを作っていけるかがテーマになっています。
というのも、従業員を連れて日本に行くと、もちろん素晴らしい国とも言うんですが、電車の中でもみんながつらそうにしているとか、あまり笑わないと感じるようなんです。でも一般的なイメージでは、日本ってめちゃくちゃ幸せな生活を送っているように見えるから、そのギャップを批判ではなく、どう埋め、どうやって解決するのか、そのきっかけを作っていけたらと思っています。
―日本オリジナルメニューを作る予定はありますか?
益子:ベトナムのメニューをそのまま日本に持って行っても太刀打ちできないと思うので、ベトナムのメニューは3割程度で、あとの7割はベトナムでもヘッドシェフをしてくれていた日本人シェフによるオリジナルメニューを中心に、日本のトップクリエイターの方々ともコラボレーションしながら独自のメニューを作りたいと思っています。
食材にしても、リサイクルされたプラスチック製品などにおいても、ベトナムと日本では手に入るものが異なるので、僕たちのやりたいことがもっとできるのではないかと思っています。
―今後やってみたい事業展開はありますか?
益子:2030年までに飲食店をブランドビジネスにし、さらなるグローバルブランドになりたいと思っています。そのためには、ベトナム以外への出店として先ほどお話しした日本の他に、インドへの展開も狙っています。
また、飲食店だけだとリーチできる人に限りがあるので、もう少しメディアを使って発信したり、自分たちがメディアになっていきたいと思っています。例えば、今、ブッラータをモチーフにしたキャラクターがいるのですが、そのキャラクターで映画を作ったりできれば、よりグローバルに自分たちの伝えたいメッセージを伝えることができるのではないかと考えています。
―そのキャラクターは元ピクサーの方に作っていただいたと伺いました。
益子:そうなんです。ラッキーなことにピクサーチームの方が乗り気になってくれて。キャラクターを作っていただいた後にアニメーションも作ってもらったんですが、クオリティが他とは全然違っていて驚きました。
―smartの読者へのメッセージをお願いします。
益子:日本って世界基準で見たらまだまだ贅沢な暮らしができていると思うんです。でもそれって、自分たちの先祖が頑張ってくれたおかげというところも大いにあると思うんですね。今って、頑張らなくてもいいって考え方もあるし、それももちろん否定はしないんですが、これからの日本は人口もそうだし、どんどん縮小していってしまうので、経済を回してお金を稼いでいこうとなると、海外と関係を作ったり、勝負をしていく必要が出てくると思います。
これまで日本は自国の市場が大きかったから、あまり海外と競ったりする必要がなかったのかもしれませんが、これからはそうはいかなくなってくると思うので、英語を勉強して、海外に出てみてください。海外に行くと日本の良さにも改めて気づくことができるし、自分の可能性もどんどん広がっていくと思います。
Profile/益子陽介
Pizza 4P’s Founder & CEO。大学卒業後、商社を経て、サイバーエージェントに入社。ベトナム投資事業部を立ち上げ、インターネットサービス企業の投資に携わる。2010年に退職し、Pizza 4P’sを立ち上げる。2014年にはAERAの「アジアで活躍する日本人100人」に選ばれた。
撮影=小嶋淑子
取材・文=相馬香織
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この記事を書いた人
相馬香織
映画配給会社を経て、出版社で企画立ち上げ、海外取材などを数々こなし編集長に就任。現在はベトナム・ハノイを拠点に、日本、韓国を飛び回りフリーランスの編集者として活動中。趣味はアクセサリー製作。インスタではベトナム情報をメインに発信中。
Instagram:@____kaori.soma
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