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【麻布台ヒルズに11月出店】ベトナムを席捲する有名ピザチェーン店オーナーは日本人。「Pizza 4P’s」CEO・益子陽介氏インタビュー

【麻布台ヒルズに11月出店】ベトナムを席捲する有名ピザチェーン店オーナーは日本人。「Pizza 4P’s」CEO・益子陽介氏インタビュー


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【麻布台ヒルズに11月出店】ベトナムを席捲する有名ピザチェーン店オーナーは日本人。「Pizza 4P’s」CEO・益子陽介氏インタビュー

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ベトナムには日本人のみならず、ベトナム人や現地在住外国人に愛されるピザ店がある。ホーチミンに13店舗、ハノイに10店舗だけでなく、ダナンやニャチャン、ビンズオンのほか、カンボジアにも出店をしている人気チェーン店Pizza 4P’sだ。この人気店を作ったのは日本人である益子陽介氏。日本企業で働きながら起業への夢を抱き、若くしてベトナムの地で夢を叶えた益子氏に、起業に至る経緯やベトナムでの苦労、今後の目標を伺った。

喜んでもらえることが自分の幸せ。
ベトナムでの起業のきっかけは
自身の原体験

―まずは、益子さんがベトナムに来た経緯を教えてください。

益子:大学卒業後に商社に就職し、バーレーンやインド、タイなどの輸入関係の仕事をしていました。その後サイバーエージェントに転職し、広告営業を担当していたんですが、ベトナムでのポジションを募集していたので手を挙げたところ投資部門への異動が決まり、サイバーエージェントの駐在員としてハノイに来たのが最初のきっかけです。サイバーエージェントに転職する時から、「将来的には海外で働いたり、起業をしたい」と話していたので、タイミングよく海外で働くことができました。

―駐在員としてベトナムに来てから、実際に起業をするに至ったきっかけは何だったのですか?

益子:もともと起業したいという思いはありましたが、ベトナムには起業をしようと思って来たわけではなかったんです。でも住んでみると当時のベトナムはないものだらけだったので、起業のチャンスだなって思ったのがきっかけの一つでした。ベトナムって人との距離がとても近いんですよね。そういうところも含めてベトナムが好きになって、もっと住みたいと思うようになって。そのために、自分で何か事業を起こそうと思ったんです。

さらに、僕が勤めていた投資部門の仕事って、経営者とともに時間を過ごすことも多いんですが、最初に投資した会社の社長がどんどん成長していく姿を間近で見ていて、焦りを抱いたというのもありました。彼は同い年だったんですが、苦労も多い分、会社だけでなく人としても成長していて、僕の成長速度とはあまりにも違っていたんです。サイバーエージェントに「いずれは起業したい」といって入社したことを思い出して、僕も始めようと思い、起業をしました。

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―そこで始めたのがピザ屋「Pizza 4P’s」ですが、なぜ飲食店という道を選んだのですか?

益子:駐在員当時、取引先の一つにモバイルゲーム会社があったのですが、いかに課金をさせるかを話し合っていました。自分は子どもに課金はダメと言ったりするので、仕事とのギャップを感じていたんですよね。べトナムに駐在をした頃に子どもが生まれ、それをきっかけに自分の価値観に合う、子どもに誇れる仕事をしたいと思うようになったんです。

起業する前には、100個ほどの事業アイデアを書いて、「本当にこれでいいのか?」と検証したり、「本当にベトナムでいいのか?」を模索するために、インドネシアやシンガポールなどの東南アジアやヨーロッパの国々を巡ったりしました。でも結局「自分が一番ワクワクしたことって何だろう」と振り返った時に、2005年に東京の自宅の庭にピザ窯を作って、みんなに喜んでもらったことが深く思い出に残っていたので、まずはその原体験を事業として展開してみようと思いました。

―「自分がワクワクしたこと」=「人に喜んでもらえたこと」だったんですね。

益子:そうですね。実は僕、最近やっとこうしてインタビューでも話せるようになったんですが、親友を自殺で亡くしたことがきっかけでうつ病を患っていたことがあるんです。その親友は、映画祭で賞をもらったり、家族や彼女にも恵まれていて、一般的には幸せといわれるような環境で育っていたんですが、自ら死を選んでしまったんです。「幸せ」って何かわからなくなり、僕も自分は「不幸せだ」「I’m not good enough(私は不十分である)」と感じていた時期がありました。でもたまたま当時の彼女に頼まれてピザ窯を作ってみたらすごく喜んでもらえて、「人を喜ばせることが自分の幸せなんだ」と感じたんです。

いつも何かが満たされていない気持ちがあったけど、このピザ窯作りをきっかけに、「すでにenoughだ(十分なんだ)」と感じることができたことは大きかったです。

―ホーチミンでお店を始めたわけですが、ベトナムで起業するにあたり、日本人だからこその強みはありましたか?

益子:日本は、どこに行っても質の高いサービスや料理を提供してもらえるので、そうした経験値を積んでいることは強みだと思います。それは料理だけでなくあらゆる面でもそうですが、“当たり前”の基準が高いんです。

―ベトナム人の従業員にその“当たり前”を教えていくことは大変ではないですか?

益子:大変ですよ(笑)。僕たち日本人が、“基本”や“当たり前”と思うことが彼らには当たり前ではないんです。例えばですが、床を拭いた雑巾でテーブルを拭いてはいけないというのが、当たり前ではないみたいな感じですね。

いくら「ルールだから!こういうものだから!」と伝えても、僕たちの当たり前が、どうして当たり前なのかの理由を掘り下げ、言語化して伝えていくっていうプロセスを踏まないと理解してもらえないんです。ちゃんとした理由付けと、根気強く言い続けることが重要です。

―ベトナムで起業してみて、これは一番大変だったということはなんですか?

益子:いろいろありましたけど、一番大変だったのはコロナ禍でロックダウンした時ですね。お店の営業ができなかったので、倒産しそうになりました。銀行も融資してくれなかったので、上場企業の社長の方や知り合いの方にお金を借りたり、社債を発行したりしてなんとか乗り切りました。

この記事を書いた人

相馬香織

相馬香織

映画配給会社を経て、出版社で企画立ち上げ、海外取材などを数々こなし編集長に就任。現在はベトナム・ハノイを拠点に、日本、韓国を飛び回りフリーランスの編集者として活動中。趣味はアクセサリー製作。インスタではベトナム情報をメインに発信中。

Instagram:@____kaori.soma

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