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genzai(ゲンザイ)が表現した“異世界ショー”を生み出した仕掛け人に迫る【演出家 山田健人インタビュー】

昨年よりスタートしたSNSを筆頭に注目を集める話題のブランド「genzai(ゲンザイ)」の2023年春夏のショーに潜入。「ディストピア」をテーマに掲げたコレクションを前例のないファッションショーで見事に表現し、観るものを夢中にさせた。今回はこのショーの裏側をさらに掘り下げるべく、デザイナーである永戸鉄也氏と、ショーの演出を手掛けた映像クリエイターの山田健人氏にインタビューを敢行。唯一無二のショーを創り上げた経緯やそれぞれの感性などを紐解いていく。

前編を読む>>yutoriと永戸鉄也が仕掛けた次世代ストリートブランド・ゲンザイの“異世界ショー”【デザイナー永戸鉄也インタビュー】

genzai ゲンザイ ショー ゆとり 山田健人

Profile/山田健人(やまだ・けんと)

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通称“dutch_tokyo(ダッチ トーキョー)”。1992年4月23日生まれ。東京都出身。SuchmosやRADWIMPS、藤井風など多くの人気アーティストのMVやPVなどを手がけている人気映像クリエイター。バンドyahyelではVJとして参加している。

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僕の中にあるディストピアの感覚は
社会性や人の流れを
俯瞰的に見ていること

――今回のコレクションを手掛けることになった経緯をお聞かせください。

山田健人(以下、山田) デザイナーの永戸さんとは以前から面識がありました。お仕事させていただくのは2度目で、以前はアートディレクターとしての永戸さんと。実はそれまでデザイナーをされていることを知らなかったのですが、今回のタイミングでgenzaiと一緒に知りましたね。ショーのオファーをいただいたのは今年の3月頃。SNSを中心に人気のブランドということで、“既存のファッションショーとは違うものにしたい”ということでランウェイ以外での表現方法で相談を受けたことが始まりです。

――コレクションテーマ「ディストピア(=非理想郷)」を聞いてからどのようにショーのイメージを膨らませていきましたか?

山田 「ディストピア」という言葉は内包されている意味がとても多いと思うんです。しかも、最初は当然洋服のデザインなども上がっていない段階だったのでイメージはこの言葉だけで(笑)。そこでまず考えたことは場所探し。“上から見下ろすことができる場所”をイメージしました。僕の中にあるディストピアの感覚は、社会性や人の流れを俯瞰(ふかん)的に見ていることだったので、“お客さんが見下ろす”という状況を作りたかった。それで結果的に代々木第二体育館になりました。

そこから元々のオファーにあったランウェイ以外の表現方法を検討していきました。もちろんコレクションを見てもらうことが大きな目的になるので服を着たモデルがいるのはそうなんですが、普通のファッションショー的な……という表現も少し危ういですね、ただ歩いて去っていくような“いわゆる”な構成は取りたくないなと。genzai独自のショーにしたいと。ディストピアの具体的なイメージとして“大量の人々”、“統率と非統率”、“社会性”、“シュール”を表現できないかと試行錯誤して、今回のような構成になりました。

――実際のショーではラッパーのHideyoshi(ヒデヨシ)さんによるオリジナル楽曲でスタートし、その後コレクションルックを着用したモデルたちが囲んでいき、さらにはそのモデルを囲うようにダンサーが踊り出すというこれまで観たことのない構成でした。おっしゃっていた“統率と非統率”だったり、または“秩序と無秩序”という対比構造が取られていたように感じましたが、意識された部分なのでしょうか。

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ショー開始と同時にソロでオリジナル楽曲を歌うHideyoshi

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その後、周りを囲うようにしてコレクションモデルが登場

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そして最後には100名以上のダンサーがモデルの周りで無秩序に踊り出す

山田 まずはgenzaiといえばHIP HOPの印象があって親和性や結びつきも強いブランドなので、ショーの中でひとつの大きなイメージにしたいと思っていました。それがディストピアというテーマでは“社会の中心”の役割となっています。

そして、洋服を見せるモデルたちにはHideyoshiさんを囲うようにして、まったく動かないように指示をしています。そこへ100名強のダンサーを入れて、無作為に動き出す。おっしゃるような“無秩序”はまさにイメージしたもので、当日ダンサーたちに話したキーワードでもありましたね。おそらく見ている方々も「何が起こっているんだ?」という感覚を持っていたはず。

歌う人、何もしない人、踊る人……このカオスな空間こそ目指したもので、さらに会場に来た観客の方さえもこのショーの一端を担っているんです。“静(モデルと観客)と動(ラッパーとダンサー)”のような対比があってこそ、ディストピア感が生まれてくれるかなという期待もありましたね。

ショーの4つのイメージワードは
無秩序、混沌、衝動、混乱

――今回、Hideyoshiさんの楽曲も一から作られたということですが、どのような提案をされましたか?

山田 普段の音楽制作やMV制作に携わらせていただく中で、基本的には曲尺(※曲の長さ)って3分前後がほとんどなんですよね。これは音楽的な世界規模のトレンドとも言えるんですが、今回のショーは12分ほどだったのでそもそもの前提が全く異なるんです。なので最終的にはチャレンジングなものになるかな、と思っていました。

時間が決まっていたこともあり、まずはビートメイクからスタート。DJ DISKにお願いして、ショーのイメージに合うように「インダストリアル(ミュージック)的な機械音をベースにした雰囲気からスタートして、最終的には盛り上がるように四つ打ちにしたい」と提案しました。

また、リリックに関しては、 Hideyoshiさんは自身の半生や仲間のことなどを主題に掲げることが多いので、「演じてでもいいのでディストピアをテーマにしたフローを……」とお願いしました。楽曲ではなくショーというひとつの作品なので、正直なところ歌わない時間があってもよかったですし、Hideyoshiさん自身もその場にいるだけでも絵になりますから。でも、結構ギリギリまでこだわりましたね、Hideyoshiさんも巻き込んで(笑)。

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見事なフローで世界観を作ったHideyoshi

――ショーを創っていく中で最も大変だったこと、難しかったことはなんでしょうか?

山田 ショーの特性上、形成するための要素が多いので“点”で見た難しさよりも、音楽もそうですし、カメラ位置ひとつとってもそうですが、何かが崩れると一気に崩壊してしまうという不安はありました。しかも、ライブですし、一発で仕上げるという緊張感もありましたね。もちろんそれが面白いんですけどね。

大変だったことはダンサーたちとの意思疎通。当日初めて会ってリハーサルだったので、100人以上のダンサーひとりひとりと挨拶して親交を深めて……なんて時間はないですから、どうしても全体向けに指示を出さないといけない。そうすると当たり前ですが「踊って!」と言ったら踊りますし、逆に「踊らないで!」といえば踊らない。でも、僕としては完璧な踊りをしてほしいわけではなく、ディストピアな世界観を創りたかったのでそのイメージの言語化は大変でしたね。

最終的には“無秩序”、“混沌”、“衝動”、“混乱”といったイメージワードを伝えてから、グループを4つに分けてそのグループ内に“鬼”を作る。その鬼だけが動きながら踊るように指示を出して、他の人は鬼にタッチされるまでその場にいるだけ。いわゆる“鬼ごっこ”させたんです。それにより再現性のない動きや、元々想定していた“カオスな空間”を生み出せたんだと思います。リハの時点でもどうなるかわからない、ハラハラ感はありましたけど(笑)。計算してこの世界観を生み出せるかと思いましたけど無理でしたね。

――ショーを観終わったあとの余韻は不思議な感覚でした。「これは果たしてファッションショーだったのか……?」と思う反面、満足感もたっぷり。そのあたりの観た人への感情の揺さぶりはやはり“してやったり”でしょうか?

山田 “既存のファッションショーとは違うショー”が大きな目的でしたから、今までのファッションショーの概念や正義、当たり前を覆(くつがえ)して、新しい価値を創造できたのであれば本望です。これまでテーマを元にしたイメージムービーはあっても、ショーで一発撮りでライブなんてなかったと思いますし、そこが面白いんじゃないかなって。正直なところ、賛否両論あっていいですし、むしろ論争が起こってもいいくらいに思っています(笑)。

あと、これまで他のショーを観たことがあったのですが、終了後の“ぬるっと感”に違和感を持っていて。モデルアウト後にデザイナーがお礼して、「はい、次もあるので帰ってください」的な(笑)。それもあって終わり方にも気を遣(つか)いましたね。モデルアウトもせず、そのままの状態で暗転させてバツっと切って終わらせる。そのあたりもこれまでと異なる余韻にできた要因ではないでしょうか。

――縦画面で配信したのはなぜでしょうか?

山田 これは配信するプラットフォームによるものですね。genzaiで親和性が高い2つのSNS(Tiktok、Instagram)で配信したのですが、それぞれがスマホの縦型がベースだったので打ち合わせで「縦でやろう!」と決まりました。実際に当日は横位置で撮ってはいたんですけど、縦位置にトリミングしたものを比べながらモニタリングしていました。

今回の人数や規模だったり、全体的な世界観の表現ならば横で配信する形式も取れたと思うのですが、あえてライブだからこそ縦で全貌が見えにくいというのもディストピア感があるかなと。せっかく横でも撮っているのでそれはそれで皆さんにお届けする機会があればいいですね。

生でやることや一発撮り、
独特な緊張感は
映像制作ではなかなか味わえない

――今回のgenzaiのファッションショーを改めて振り返ってみて、これまで山田さんが手掛けられた作品などとの相違点はありましたか?

山田 テーマや楽曲がある中でイメージを表現していくという手段に関してはMVなども一緒ですね。なので、作り方だったり、思考回路はほとんど同じ。ただ、形式が異なるということ。生でやることや一発撮り、独特な緊張感は映像制作ではなかなか味わえないです。そう考えるとライブの演出と近いのかな。限られたリソースの中でやることや制限を活かす方向でやることは、どんな作品にも通ずることですね。

ただ、ファッションをベースに新しい価値観を生み出すという意味では全く新しいチャレンジになりました。「何をもってファッションなの?」、「普通のショーって何?」みたいな問いかけができたように思います。その辺の問題提起自体もgenzaiが世の中に問いかけていることだと思いますし、ファッションの新しい価値を創造するブランドだと思うので。僕自身がすごくファッションに精通しているわけではないですが、好きにやらせてもらえたのも大きかったですね。

――最後に山田さんご自身の今後の展望を教えてください。

山田 僕から言えるお仕事ってなかなか少ないのですが(笑)、今年に関してはライブ演出が控えています。スタジアムからアリーナまで、アーティスト数組を手掛けさせていただくので、ライブ作りと監督業に注力したいなと。ロジカルに考えると当たり前のことですが、普段からMVを作っている人が演出するに越したことはないはずなので、いいライブだったと感じてもらえるようにしたいですね。あとは音楽活動。音の表現も秋頃からスタートする予定です。今後も音楽を中心にした活動をしていきます。

写真(ショー)=高橋 葉
インタビュー&文=小林大甫
構成=熊谷洋平

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