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三宅香帆が語る“推し活”の今後――「他人ではなく自分を推せ」という言説の裏側と、“自分の言葉”を持つ本当の意味推し活の未来は『ラヴ上等』?

執筆者: 音楽家・記者/小池直也

文芸評論家の三宅香帆

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昨年、文芸評論家としては異例となる「紅白歌合戦」の審査員に抜擢された三宅香帆。彼女の新著『推したちとどう生きるか』は、現代の推し活について江戸や明治、戦後と時代をさかのぼりながら丁寧に論考した労作となっている。

ただ、同著で言及がない部分がある。それは近代において日本人がぶつかった「個性」や「個人主義」の問題。これはsmart Webにとって非常に重要だ。明治期に輸入された「自分らしさ」という概念の延長線上に現代ファッション誌があるのだから。

そういった観点で、しばしば推し活は「他人でなく自分を推せ」と批判されてきた。このいわば「自推」について三宅はどう考えているのだろう。ファッション言語や韓国発の「テキストヒップ」文化も含めて話を聞いた。

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自分の言葉を持つことは成長ではない

文芸評論家の三宅香帆

――『推したちとどう生きるか』の発売から1カ月ほど経ちましたが、反響や手応えはいかがですか?

三宅香帆(以下、三宅):やっぱり、実際に推し活をしている当事者の方からの反響がありがたかったです。どうしても推し活と批評は、相性が悪いと思われがちなんですけど、そこを新鮮に受け取っていただいた感想が多くて。

――三宅さんご自身も推し活をされてきたということですが。

三宅:そうですね。今は全然で、そこまで活動はしていませんが、自分の体験や経験も含めて書いています。

——実際に書き上げてみて、理解が深まったこともあったり?

三宅:推し活と日本文化が意外と密接なんだということは、書いてみないとわからなかったです。特に「立身出世」との関係は、調べていくなかで理解できたことではありました。

――あらためて三宅さんが考える「推し活」とはどういうものですか?

三宅:本のなかでは「好き+応援の行動」というように書きましたが、一番は他人やもの、キャラも含めた「他の誰かの身体に自分の夢を見ること」かなと思っています。

メディアでは過激な課金が取り上げられがちですが、そういった面だけではないんですよ。世間の推し活論がしっくりこないので、自分の言葉で語ってみたいという気持ちが、この本を書くきっかけのひとつでした。

――今となっては、三宅さんご自身も推される立場になっているのでは?

三宅:最近そう言ってもらえることが増えましたが、私はあまり推されてる感じはしないですね。それに書籍は何冊も買うような文化がないじゃないですか。

たとえば『チェンソーマン』のキャラを推して、グッズを何個も買う子はいるけど、作者・藤本タツキ先生を応援したいから漫画を10冊買う人は少ないと思うんです。

文芸評論家の三宅香帆

文芸評論家の三宅香帆

――活字文化と推し活の相性がよくないということでしょうか?

三宅:推し活できるものを用意していない、という考え方が近いかもしれません。でもそれも悪いことではないとは私は思います。推しとは違う文化圏だからこそ書けることもたくさんあるから。

――本書で三宅さんは「推し活」の源流を、明治期の甲子園・音楽・宝塚に見出しています。子どもたちに西洋近代という「来たるべき未来」への夢を託したという見立て。ただ、それは近代における「個人主義」や「個性」といった概念と矛盾する考えだと感じました。

三宅:自分の成長に限界があるように、西洋化した生活を送るにもやっぱり限度はあるわけで。他人や次世代に任せるほうが夢を見やすい気がします。当時の大人にとって「子どもの世代はせめて西洋化してほしい」と願うほうが、普通のリアリティなんじゃないかなと。

――「次世代に思いを託す」という発想は、人類史的な視点に感じられて興味深いです。また主要な「推し活」批判として「自分を推せ」があります。「smart」のようなファッション誌も自分を推す側の文化の系譜にあると思いますが、この「自推」についてどうお考えでしょう?

三宅:子育てしている人に対して、「自分をもっと成長させろ」とは言わないじゃないですか。先生が自分よりも子どもの学力を上げたいと考えるのと同じように、自分の成長につながらない趣味を持つことも普通だと思うんですよ。それに自分の成長を重視するのは、ある年齢まででもあるような気もしていますね。

――美容整形のように、限界を人為的に突破することも「努力」とする考えもありますね。

三宅:本来は美容整形も限度があるはずなんです。もちろん人によって変わりますが、基本的には「変えられるもの」と「変えられないもの」が存在するけれど、商売として広告は限界がないように見せるようなところがある。

それは「自分を推せ」という言説の裏表かなと思ったりはしますね。本当にみんなが自分を成長させられるものなのか、私は疑問を持ってしまいます。

――本の結論には「自分の言葉を持とう」と提言されています。ここで「言語化」の問題が出てきます。

三宅:ずっと思っていることではありますね。今は他人の感想をSNSでリポストすることで、それが自分の言葉と思い込んでいる気がしていて。

でも、それだけだと過激になる必要のない場面で、冷静でいられないことがある。だから自分の言葉を意識してもらいたいんです。

――それは「言葉を得て、自分を成長させよう」という「自推」になりませんか?

三宅:「自分の言葉」を持つことは、私にとって成長ではないんです。今の自分を言葉で表現することと、自分を成長させるための努力は、まったく別のこと。何かを足していく成長というより、普通に今の自分を自覚するぐらいの感覚で。

たとえばアイドルのスキャンダルに批判が集まったとき、「別にそこまで批判することなんだっけ?」と考える程度の話ですね。

――なるほど。では今後の「推し活」はどうなっていくと思います?

三宅:身の回りの友達とかのほうが大事、みたいな感じになっていく気もします。推し活って、見ず知らずの他人を推せるような環境が整ってはじめて可能だと思うので、その環境がある限りは続く気はするんですけど、未来永劫という感じもしないですね。

——Netflix『ラヴ上等』のようなヤンキーの世界観ということ?

三宅:『ラヴ上等』もみんなが他人に興味がある時代だからこそ、自分の周りや家族、大事な人だけを大事にする感じが新鮮に映ったり、いいなと思うところがあるのかもしれません。

この記事を書いた人

音楽家/記者。1987年生まれのゆとり第1世代、山梨出身。明治大学文学部卒で日本近代文学を専攻していた。自らもサックスプレイヤーであることから、音楽を中心としたカルチャー全般の取材に携わる。最も得意とするのはジャズやヒップホップ、R&Bなどのブラックミュージック。00年代のファッション雑誌を愛読していたこともあり、そこに掲載されうる内容の取材はほぼ対応可能です。

X:@naoyakoike

Website:https://smartmag.jp/

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