yutoriと永戸鉄也が手がける次世代ストリートブランド・ゲンザイの“異世界ショー”【デザイナー永戸鉄也インタビュー】
昨年よりスタートしたSNSを筆頭に注目を集める話題のブランド「genzai(ゲンザイ)」の2023年春夏のショーに潜入。「ディストピア(=非理想郷)」をテーマに掲げたコレクションを前例のないファッションショーで見事に表現し、観るものを夢中にさせた。今回はこのショーの裏側をさらに掘り下げるべく、デザイナーである永戸鉄也氏と、ショーの演出を手掛けた映像クリエイターの山田健人氏にインタビューを敢行。唯一無二のショーを創り上げた経緯やそれぞれの感性などを紐解いていく。
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Profile/永戸鉄也(ながと・てつや)
1970年生まれ。東京都出身。広告やミュージックビデオ、ドキュメンタリー映像など、音楽・ファッション・アートの領域でディレクションを行うアートディレクター。2021年3月より、SNSファッションビジネスを行う「yutori」と共にブランド「genzai」を立ち上げ。
ハイブランドに憧れている若者に
“安くて良いもの”を届けていきたい
――始めに「genzai」のブランドを立ち上げるまでの経緯をお聞かせください。
永戸鉄也(以下、永戸) 元々「サラウンド」という小さなブランドを友人と組んでやっていたんですが、展示会ベースでの販売を軸にしたロールモデルで。その形をSNSを軸とした販売方法に変えられないかと考えて、周りに相談していました。自分自身、少し飽き性な部分もあったのも要因のひとつかもしれませんが(笑)。「サラウンド」は服を作りたいという発想ではなくて、“グラフィックを載せれば服になる”くらいの気軽さで始めたんですね。基本的にギルダンボディで、趣味に近い感覚で、いつもの仕事とは別軸の表現方法を洋服でできないかという考えでした。
それを展示会ベースで販売する形式だったので、どちらかといえば知っている範囲の人に囲まれて、その人たちをターゲットにしたものだった。もちろんそれも楽しかったし、面白かったんですが、窮屈(きゅうくつ)さを感じてしまう部分も出てきて。それで、現在の時代性や今まで触れてこれなかった客層をターゲットにしたいということでSNSを中心に活動できるブランドを作ろうと思いました。
――SNSを主戦場に構える「yutori(ゆとり)」とともに「genzai」を立ち上げることになるわけですが、その出会いやきっかけは何だったのでしょうか?
永戸 片石くん(※「yutori」代表の片石貴展さん)との出会いは彼が20代中盤で、自分が50歳に差し掛かる頃。結構世代の差があるわけですが、そのカルチャーが異なる感じ、通ってきた道やジャンルの違いが面白いなと思えたんですよね。
僕自身はアートディレクター(AD)として洋服をデザインしている感覚があります。ブランドの歴史や価値、スタイルの違いが視点を変えると真逆にも見えるし「カッコいい」「カッコ悪い」が表裏一体でもあるから、自分が作るなら違う世代とその価値観を変形できないかと、そこを突破できる可能性を感じたので、片石くんと一からやってみよう、どうせなら新しいものを、ということで「genzai」誕生に至りました。
――「genzai」が目指す“ブランドとしての位置づけ”をお聞かせください。
永戸 自分自身、天邪鬼(あまのじゃく)な部分があって(笑)。ADやグラフィックデザイナーとして他のブランドの仕事もさせていただいているので、だからこそ自分が作るなら違うものを、と思うんです。素材や作りにお金をかけて高額な商品を作るということは自分たちがやることではないので、お店を通さずダイレクトにお客さんに洋服を伝えて買ってもらえることのメリットを最大限に生かして、価格を抑えて且つ、全てのクオリティを最大限上げること。
ハイブランドに憧れている若者にもこの価格で、このデザインとクオリティを着ることができるんだよということもブランドとして伝えていきたい。安くて良いもの。かっこいいと悪いが混在して、雑味を帯びて強く立つイメージです。それが路上のファッションだと思うし、既成概念を壊しながら新たな概念を見つけていけるブランドにしたいなと。
そのあたりはモデルに採用しているラッパーたちにも通ずる部分がありますね。ヒップホップ文化のベースにある路上感だったり、概念を壊していくスタンスみたいなものはリンクしてくるので採用してきました。ただ、人選に関しては、実際に聴いているヒップホップも僕自身は鎮座DOPENESSあたりで止まっているので(笑)、今勢いのある、そしてターゲットに刺さるラッパーについては「yutori」のメンバーからヒアリングしています。
「yutori」との連携もだんだんと良くなってきていて、洋服、広告周りのデザインは自分が担当して、「こういったアイテムが売れますよ」というような今の若者のリアルな声を拾ったり提案してくれるのが彼ら。genzaiは月に2-3回新作を販売しています。その都度、キーワードや造語、グラフィックイメージを軸に話し合いながらいろいろなデザインに落とし込んでいます。
コロナ禍に戦争……
「今はすでに地獄であり
その渦中である」
ショーのテーマは“ディストピア”に
――そして今回、初めてのファッションショーとなりましたが、開催に至るまでの経緯をお聞かせください。
永戸 まずは初めての試みだったこともあって、テーマを決めました。先ほど言ったように僕らはシーズンテーマではなく、販売タイミングの意思共有のためにテーマを設けることはあったんですが、大きなテーマを用いたことはなくて。ショーをやるならば、テーマが必要だよね、ということで今回“ディストピア”を提案しました。今って、コロナだったり戦争だったり、これまでも常に戦争や感染症とともに人類は歩んできているんですが、そういった弊害で「今はすでに地獄でありその渦中である」という切り口をテーマにしました。 社会風刺的な意味合いも込めてですね。ただ、服の大枠には特別に意味を含めてはいなくて、“日常で着る服”という元々のブランドの方向性は変えていません。
アイテムには、“ディストピア”というワードからインスピレーションを受けたグラフィックを配するようにしています。特徴的なもので言うと鎖から放たれる“アンチェーン”をモチーフにしたチェーン柄だったり、バベルの塔だったり。
あとはポケットやフードの縁側などのディテールがあるのですが、これはNASAが公開しているフリー素材で地表の温度や宇宙物理学、地球科学の画像をサイケデリックに加工して使用しました。将来的に機能の一部分として環境や情勢などの重要な情報を即座に感知して、行動に移せるような洋服ができたらなと、そんなことをイメージしながらデザインしました。
他にもリラックス感のあるアイテムが多いかと思いますが、それは「“ディストピア”から最終的には少しでも安心できる場所に行けるように」という願いも込められています。僕は“逃走着”なんて呼んでいましたね。
また、僕らの場合、ファッションショーがショーとして機能しないんですよね。ほとんどのブランドはコレクションのテーマ、世界観を伝えて、半期~1年後くらいに実売へと至ることが多いと思うんですが、僕らは“すぐに売れる商品”を作っているブランドです。しかも、ショー向けにすることで日常的な洋服にならないことも望んではいなかった。だから、あくまで「genzai」としての洋服のアウトプットは変えず、ショーをしたあとに出口ですぐにポップアップが登場して買える場所を作ることもプランしていました。ショーの出口でショップが突如出現して、さっきショーで見た服がその場で購入できるところまでを演出と考えていました。
――実際にショーを作っていくにあたって、今回映像クリエイターの山田健人さんと一緒に作っていったわけですが、どのようにコミュニケーションを取っていったのでしょうか?
永戸 まず今回ダッチくん(※山田健人さんの愛称)にお願いしたのは、元々僕がアートディレクションしていた仕事で一緒になったことがきっかけで、それからも彼の動向は気になっていたんです。共通するミュージシャンたちのMVを手がけたこともあったし。それで最近映像だけでなく、大きな会場での監督や演出も頑張っていることを知っていたので、「一緒にやりたい」「力を貸してほしいな」と。それで彼には今回のテーマとともに“服を見せない演出”というお願いをしました。「服を見せたいのではなく、服を着ている“人”を見てもらいたい」という意味合いが強かったですね。
僕としてはじっくり鑑賞するための服を作っているわけではないので、洋服の良さは購入した人に伝わることがいいと思っていて。ショーとしては「?」がつくかと思いますが、ショーというよりも世界観を伝える僕らなりのプレゼンテーションと考えていました。
概念を壊すことがブランドの価値だとも思っていますので。「genzai」というブランド名の意味にもなっていますが、現在=刹那的なものなので瞬間的に輝く服にできればいいですし、そんなイメージが伝わるようなショーにできればいいなと思っていました。
ラッパーのカッコいい表現に
ダンサーたちのカオスさ。
賛否両論はあっていい
――当日ショーを迎え、そして終えてみて率直な感想はいかがでしたか?
永戸 ただただ面白いなと。何が面白いって、どうやったって服を着たモデルが出て来たらファッションショーになっちゃうんだなって(笑)。点数をつけるとしたら、6~70点くらいかな。これはいい意味で。だって、初めてのショーで最大限のパフォーマンスができたかなと思っていますし、拙(つたな)さや雑味があってこそ僕ららしいのかなって。色々な分野の人が集まってチームで挑戦できたことにすごく大きな意味がありました。
Hideyoshi(※ショーで登場したラッパー)のカッコいい表現だったり、ダンサーたち のカオスな感じだったり、キャスティング含めてベストだったんじゃないかな。このショーに関してはいろんな反応があるんだろうなとは思っていましたが、実際に僕らがターゲットしているZ世代やミレニアム世代からは面白いって思ってもらえているみたいですし、狙いとしてはもちろん賛否両論があると思っています。
――概念を壊すためにはそもそも概念を知っていることが必要だと思いますが、永戸さんご自身のファッション歴はどういったものだったのでしょうか?
永戸 ファッションに興味を持ち出したのは小学校の高学年からですね 。ちょうど洋楽を聴き始めた頃。当時は僕らの世代だとアメリカかイギリスか、って感じで。あとはスケートボードにもハマって初期のストリート文化にもどっぷりと浸かっていました。ブランドとしては「ドッグタウン」が出始めた頃ですかね、そこからはアメリカ古着に入り込んでいきました。それから高校を出てアメリカへ行ったんですけど、そこでもヒッピーとかハードコアとか、お金もなかったので本場で汚い古着ばかり着ていました(笑)。
お金が多少使えるようになってきて「マルタン マルジェラ(現 メゾンマルジェラ)」を買うように。それまではハイブランドとかにまったく興味がなかったんですが、マルジェラってドッキングしたり破ったり、ひと手間加えたようなクラフト感や実験精神があって。ずっと古着を着ていた自分からするとシンパシーみたいなものを感じましたね。当時のアーティザナル(※マルジェラのラインで古着を再構築したシリーズ)なんかは、何も書かれていない白いタグを切ってノーブランド的に着ていましたから、普段の古着と変わらないじゃん、なんて着ながらも思っていました(笑)。
最近は「TUKI (ツキ)」にハマっています。岡山で作っている本格的な作りが魅力のブランドなんですけど、パンツは10本、シャツも5枚くらい持っています。あとは服や板のデザインにも携わらせてもらっている「Evisen Skatebords(エビセンスケートボード)」も着ますね。基本的にTPOとか考えていないので、仕事でも遊びでも寝るときも全部同じようなスタイルです(笑)。
自分で着るだけでなく、アートディレクターとしての仕事の中でいろんな服を見てきたんですよね。だから、構造だったり、文脈も自然と頭に入っています。さまざまなブランドの背景や歴史、変遷(へんせん)などもわかるし、古着の情報なども当然そうです。しかも、メンズのファッションって特に音楽やアートなどとリンクしていることが多いですし、そういったカルチャーとの紐付けもインプットしています。そういった経験則は「genzai」にも活かせていると思っています。
――最後に、「genzai」の今後や展望についてお聞かせください。
永戸 粛々(しゅくしゅく)とこのやり方を続けていくだけです。僕としてはこの手法の中でどんどんクオリティを上げていくこと。そして、みんなが欲しくなる服を作っていくだけですね。「普通だったら倍くらいする値段だけどこれくらいで買える」、その精度を上げていけたらいいなと思っています。ファッションショーに関しては一度きりだからこその良さがあったと感じてます。ただ今回のショーの結果が出た後に、広告の手法として効果的だと感じたら、2度目もあるかもしれません。
写真(ショー)=高橋 葉
インタビュー&文=小林大甫
構成=熊谷洋平
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