【星野仙一からのご祝儀に驚がく】「あの人がいなかったら今の自分はない」元楽天・銀次が語る“人生を変えてくれた男”との秘話
執筆者: ノンフィクションライター/長谷川 晶一

2013年リーグ優勝、そして日本一
13年9月26日、西武ドーム(現・ベルーナドーム)。球団創設9年目にして初となるリーグ優勝の歓喜は、土壇場のドラマとともに訪れた。直前の2試合に連続でサヨナラ負けを喫し、重苦しい空気が漂う中で迎えた一戦。終盤までリードを許したまま迎えた嫌な展開を打ち破ったのは、アンドリュー・ジョーンズの勝ち越し打だった。そして9回裏、1点リードの場面で星野がマウンドへ送り出したのは、エース・田中将大。連投の疲労もあってか一死二、三塁のピンチを招くも、最後は力でねじ伏せて連続三振。悲願のパ・リーグ制覇を達成した。
「あの土壇場での起用は、さすが星野さんだなと思いました。1点差なら最後は絶対に将大でいく。そう決めていたはずです。あそこで腹を括って送り出せるのが、星野さんという指揮官の真骨頂でした」
歓喜はそれだけにとどまらない。読売ジャイアンツとの日本シリーズは、第7戦までもつれ込む激闘となった。前日の第6戦で160球を投げて初黒星を喫していた田中だったが、負けた直後のロッカールームに、重く沈んだ空気は一切なかったという。
「普段ならガクッとなるところだけど、逆に“明日はオレがやってやる”と、選手同士で声を掛け合っていました。負ける気なんてまったくしなかったし、みんな祭りを楽しむように前を向いていたんです」
第7戦の9回、雨が降りしきる日本製紙クリネックススタジアム宮城(現・楽天モバイル最強パーク宮城)のマウンドに立ったのは、前日に160球を投じて完投していた田中だった。
「ブルペンでキャッチボールをしているのは見えていたけど、“本当にいくの?”という驚きもありました。でも、事前通告がなくても、“最後は将大に締めてほしい”と選手全員が思っていたはず。データや理屈を超えて、“こいつに託す”という星野さんらしい采配に、僕たちも、“絶対に勝つぞ”とさらに心が一つになりました。意気に感じない選手なんて一人もいなかったです」
歓喜の瞬間、3つ目のアウトを奪うと、銀次は真っ直ぐに星野の下へ走った。号泣しながら指揮官の首に抱きついたその姿は、まるで父親に甘える息子のようだった。
「この瞬間、“監督、ついにやりましたよ!”という感情が一気に溢れ出しました。震災からは2年かかってしまったけれど、被災地の方々に少しでも笑顔を届けられたこと、そして何より星野さんを胴上げできたことが、野球人生でこれ以上ない幸せでした。あの抱擁の瞬間は、今でも一生の宝物です」
東日本大震災から2年半。傷ついた東北の地に灯った希望の光は、闘将と選手たちが心を通わせ、ともに戦い抜いた証であった。
この記事を書いた人
1970年生まれ。早稲田大学卒業後に出版社へ入社し、女子高生雑誌『Cawaii!』などのファッション誌の編集に携わる。2003年からフリーに。ノンフィクションライターとして活動しながら、プロ野球12 球団すべてのファンクラブに入会する「12 球団ファンクラブ評論家®」としての顔も持つ。熱狂的な東京ヤクルトスワローズファンとしても知られ、神宮球場でのホームゲームには全試合駆けつける。単行本が7刷となり文庫化もされている『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(単行本:インプレス、文庫:双葉社)をはじめ、ヤクルト関連の著書・連載多数。スポーツ総合雑誌『Sports Graphic Number』(文藝春秋)にも定期的に寄稿中。日本文藝家協会会員。
お問い合わせ:smartofficial@takarajimasha.co.jp
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