連載真説 星野仙一 ~誰も知らない“鉄拳制裁”の裏側~

星野監督は日本一の裏で満身創痍だった――。鉄拳制裁を封印した楽天時代、嶋基宏が触れた「究極の優しさ」

執筆者: ノンフィクションライター/長谷川 晶一

星野誠一が監督として初めて日本一になった楽天時代の選手会長にして、正捕手の嶋基宏

「お前らのせいで頭が痛いよ」——隠し通した満身創痍の姿

 13年、震災から2年目にして、ついに東北に捧げた悲願の日本一。それは「打倒ジャイアンツ」を掲げ続けた星野にとっても一つの集大成だった。しかし、その歓喜の裏で、闘将の身体は悲鳴を上げていた。

「14年のシーズンが始まると、“お前たちのせいで頭が痛いよ”とか、“腰が痛いよ”なんて冗談っぽくおっしゃっていたんです。当時は僕たちも笑って聞いていたけど、今振り返ればあれが伏線だった。球場に来るのが遅かったり、練習に姿を見せない日があったり……。あの方は、自分の弱みや病状を選手には一切、明かしませんでしたから」

 自らも指導者の立場となった今、嶋はその孤独な重圧を改めて痛感している。

「常に人から見られ、結果で評価される。その精神的なきつさは想像を絶するものです。言葉では言い表せないほどの重圧と肉体的な負担や疲労を背負いながら、最後まで僕らの前では《監督》であり続けてくれたんです」

 世間が抱く「闘将」のイメージは、ベンチで扇風機を殴り、ベンチを蹴り上げる激しい姿かもしれない。しかし、嶋が知る闘将の素顔は、それとは正反対の細やかな慈愛に満ちていた。

「僕は、めちゃくちゃ優しい監督だと思います。困っていたら呼んで話を聞いてくれるし、何より家族への気遣いがすごい。子どもが生まれたら、“お前はどうでもいいから、子どもにこれを渡せ”とプレゼントをくれたり、奥さんの誕生日には必ず花束を贈ってくれたりする。それは選手だけではなく、裏方さんにまで徹底されていました」

 その細やかさは、優勝旅行のハワイでも変わらなかった。選手の子どもたちと気さくに写真に収まり、裏方には「これで飯を食べてこい」とポケットマネーを渡す。

「テレビで見ている星野監督と、実際の姿は全然違う。あそこまで周りの人間に気を遣える方は、なかなかいないと思います」

 星野が遺した背番号《77》を受け継ぐ嶋に、最後に問うた、「あなたにとって星野仙一とはどんな人だったか」と。少し考えて、嶋は言う。

「世間のイメージとは違うかもしれませんが、さっきも言ったように、めちゃくちゃ優しい人です。厳しさの何十倍もの愛がある。愛があるから、人は怒れるんだと思うんです。愛がなかったら、放っておくはずですから。怖いことはもちろん怖いです。でも、厳しさの中にそれ以上の愛情がある人。それが星野さんでした」

嶋基宏が考える星野仙一とは?――“愛情”

嶋基宏が考える星野仙一とは?――“愛情”

 そして、嶋は改めて、「星野さんは《愛情》の人でした」と口にした。

 星野からチームの中心としての役割を託され、プロ野球選手としての栄光の瞬間をつかんだ。嶋が受け継いだ《77》の背番号には、勝利への執念だけでなく、関わるすべての人を愛し抜こうとした一人の男の、温かな魂が宿っている。

(次回・GG佐藤編に続く)

Profile/嶋 基宏(しま・もとひろ)
1984年12月13日生まれ、岐阜県出身。中京大中京高校から國學院大学を経て、2006年大学生・社会人ドラフト3巡目で東北楽天ゴールデンイーグルスに入団。1年目から当時の野村克也監督に抜擢され、正捕手の座をつかむ。11年には東日本大震災直後のスピーチで「見せましょう、野球の底力を」と訴え、被災地に勇気を与えた。13年には星野仙一監督の下、主将・正捕手として球団史上初の日本一に貢献。ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞2回に輝く。20年に東京ヤクルトスワローズへ移籍し、22年限りで現役引退。現在は中日ドラゴンズの一軍ヘッドコーチを務める。

Profile/星野仙一(ほしの・せんいち)
1947年1月22日生まれ、岡山県出身。倉敷商業高校、明治大学を経て、68年ドラフト1位で中日ドラゴンズに入団。気迫あふれるピッチングで、現役通算500試合に登板し、146勝121敗34セーブを記録。現役引退後はNHK解説者を経て、87~91年、96~2001年と二期にわたって古巣・ドラゴンズを率いる。02~03年は阪神タイガース、07~08年は日本代表、そして11~14年は東北楽天ゴールデンイーグルスで監督を務める。17年、野球殿堂入り。翌18年1月4日、70歳で天に召される。

インタビュー&文=長谷川晶一
撮影=丸山武久

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この記事を書いた人

1970年生まれ。早稲田大学卒業後に出版社へ入社し、女子高生雑誌『Cawaii!』などのファッション誌の編集に携わる。2003年からフリーに。ノンフィクションライターとして活動しながら、プロ野球12 球団すべてのファンクラブに入会する「12 球団ファンクラブ評論家®」としての顔も持つ。熱狂的な東京ヤクルトスワローズファンとしても知られ、神宮球場でのホームゲームには全試合駆けつける。単行本が7刷となり文庫化もされている『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(単行本:インプレス、文庫:双葉社)をはじめ、ヤクルト関連の著書・連載多数。スポーツ総合雑誌『Sports Graphic Number』(文藝春秋)にも定期的に寄稿中。日本文藝家協会会員。

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