写真歴4年でDIESEL ART GALLERYでの個展という快挙。写真家・齋藤 翼が描く「日常とアートの隔たりのない世界」
東京・渋谷のDIESEL ART GALLERY(ディーゼル アート ギャラリー)では8月4日(木)まで、新進気鋭の写真家・齋藤 翼による初の個展「MY EYES(マイ アイズ)」を開催中。DIESELがフックアップした25歳の彼は一体何を考え、初の個展に臨(のぞ)んだのか。「私の活動によって、日常とアートの隔たりはなくなると信じている」と語る彼に、展示会場で話を聞いた。
「BTSジョングクのドキュメンタリーがDisney+で配信」最年少メンバーの輝きと苦悩に迫る
――DIESEL ART GALLERYでの個展の話をもらっての最初の感想はどんなものでしたか?
齋藤 翼(以下、齋藤) 最初は驚きました。自分がこういった場で、こういう形で展覧会をすることを目標にはしていましたが、実感は沸きませんでした。リアルな場で、来ていただいた方に直接自分の写真を説明する経験が初めてで。
――齋藤さんにとって、DIESEL ART GALLERYで個展を開催することの意味はどんなものでしょう? いわゆる一般的な美術館などではなく、ファッションブランドのアートギャラリーで個展を開く意味について、どのようにお考えか聞かせてください。
齋藤 自分自身、美術館とショップinギャラリーの差はあまり意識していなくて。1つのギャラリーであることに変わりはないですし、普段自分が観る側としてギャラリーを回る際も、特に場所の隔たりはなく作品に触れています。
――アーティストステートメントにもありましたが、「アートと呼ばれるもの」「そうでないもの」。その二つの隔りを失くしたいと思ったそもそもの動機はなんだったのでしょう?
齋藤 僕が写真を撮り始めたのは4年前で、初めてカメラを持って以来、ずっと初期衝動のまま撮り続けてきたんです。それがこういう形で展覧会をすることになって、改めてこれまでの自分の活動を振り返ってみたんです。自分がこれまでしてきた活動は「アーティストとしてどういう活動だったんだろう」と。それを考えたときに、自分が撮ってきた被写体は、いわゆるパブリックアートだったり、綺麗な景色ではないんです。自分が気になっている、自分ならではのポイントというのを切り取ってきたんです。たとえばこの写真(※1)なんかは、トラックの荷台の後ろのトタン部分が偶然に割れている部分を切り取ったんですが、それ自体はアートではなくても、切り取ることでアートに変えるっていう作業をしてきたんだなと再認識したんです。そういう観点ですべての写真を見ると、撮る瞬間に「面白いな」と単純に思っているだけで、「こうやって印象を変えてやろう」と思って、恣意的に撮ったものではないんです。どれもアートと呼ばれているわけではないものを、自分はアートとして感じ取ったんだなって。
――これまでのご自身の活動について言語化を試みたときに、そういうことをやってきたと気づいたわけですね。どの写真も“引き絵”で見たときは「ただの日常に溢れたモノ」と見えそうですが、寄ってみたときや切り取ってみたときに初めて意味を持つ感じがしますね。このでこういう写真を撮ろうと思いながら狙って撮ったものではなく、日常をカメラを持ちながら過ごした中で撮った写真がほとんどなのでしょうか?
齋藤 そうですね。今回の写真の8割が僕の地元の北海道で撮ったものです。今日はここに行ってこれを撮ろうではなく、1日単位である場所でカメラを持ちながら過ごす中で、たとえば通学や通勤の途中など、日常の中で撮り集めたものが多いです。
アーティスト ステートメント
私たちが生活する世界には、アートと呼ばれるものと、そうでないものがある。
私の制作の目的はこの2つの隔たりを、2つの方法で無くす事にある。
1. アートやデザインと無縁の物体や光景を、私の眼と手を通してアートに変換する。
2. 有機物を無機物へ、生を死へ転換することで新たな違和感を生み、美を与える。
この2つの一貫した理念によって、私は自身の作品を一種のタイポロジー(類型学)として提示する。
私の活動によって、日常とアートの隔たりはなくなると信じている。
齋藤翼
――展示する写真について、これだけ絞るのも大変な作業だったのではないですか?
齋藤 大変でした。4年間撮り続けてきて、今は外(屋外)で思い切りフラッシュを焚いて撮る「シンクロ撮影」をしていますが、その撮影スタイルに行き着いたのが2021年に入ってすぐくらいのときで。なので、この場で展示されているような、このテンション感で撮って写真はここ1年の間で撮ったものがほとんどなんです。なので制作期間は1年。撮る対象は変わってないですが、自分の中でフィットする撮り方が見つかったのはこの1年。日中でも思い切り被写体の正面からフラッシュを当てて、パキッとした質感を演出したいなと思って撮っています。
――その撮影法に至るまでは試行錯誤の日々だったんですか?
齋藤 だいぶ試行錯誤の日々でした。自分自身、インスタグラムをきっかけに写真を始めたので。「カメラが好きで」といった動機ではなくて、いろんな写真を見る機会がインスタを通じて増えて、自分も写真を撮ってみたいと思い、自分で買える安いカメラを探してそのカメラで撮り続けて今があります。カメラに興味があるわけではなく、自分の表現をしたいという動機でした。最初からデジタルカメラでした。
――そもそも、齋藤さんはどのようなキャリアを歩んできているのでしょうか?
齋藤 高校を出て、文系の大学に4年間通って、大学3年生のときにカメラを買って、そこから2年間在学中に写真を撮り続けました。それで就職して1年間北海道で働いて、こちらでカメラマンとしての仕事を増やしたくて昨年の6月に上京してきました。今回展示しているのは全44点で、うち東京に来てから撮った写真は5枚くらいです。
――齋藤さんの写真は、街を感じるというか、場所を感じる写真はあまり多くないかもしれませんね。齋藤さん的に一番気に入っている写真と、見た人の反響が大きかった写真を教えてください。
齋藤 僕が一番気に入ってるのはカマキリの写真(※2)ですね。北海道にはカマキリがいないので、東京に来てカマキリを初めて撮ったんです。カマキリの“カマ”がどれだけ鋭利かわからなかったので、これは軍手なんですが、軍手を装備して手の甲に載せて撮りました。反響で言うと、人それぞれなんですけど、女性の方は工事現場のフェンスに蝶々が照射された写真をいいと言ってくれる方が多いですね。自分的にはあまり推しの写真でなくてもいいね! と言ってくれる人が多かったり、展覧会をやってみての発見も多くありました。
――「私たちが生活する世界には、アートと呼ばれるものと、そうでないものがある」。その言葉の根底には、“アートが身近にあってほしい”という気持ちがあるのでしょうか?
齋藤 これはアート、これはアートじゃないって決めつけるんじゃなくて、どれも自分がアートだと思ったらアートじゃん、という話ですね。
――ライフハックじゃないですけど、日常をより豊かにするためにはアートがあったほうが楽しいんじゃない?ということですよね。
齋藤 そうですね、かっこよく言えばですけど(笑)。
――アーティストステートメントに“類型学”という言葉がありましたけど、そういった表現を使うことで、ともすれば学問的な個展にとられかねないと思うんです。僕はそのステートメントを読んで、齋藤さんは商業カメラマンでも芸術写真家でもなく、学術写真家なのかなと思ったりしたんですね。
齋藤 自分的には、ジャーナリストという要素が強いと思っていて。雪が降り積もっている工場や、ペットボトルが有刺鉄線に刺さっているコンテナだったり、ペットボトルも捨てられているという事象があったわけですけど、それらの事象を分からしめようと撮った一種のジャーナリズム的な視点のもので。最近エチオピアに行った際に撮った写真であったり、今後撮っていこうと思っている写真も、ジャーナリスティツクな姿勢で撮っていきたいです。
――齋藤さんの写真には全体的に匿名性があるというか、場所がどこか限定しづらい写真が多いように感じましたが、ジャーナリズムの視点でいうと「どこで撮った写真か」というのは見る人に対して分からしめたほうがいいですよね?
齋藤 今回展示した写真のほとんどは、見ただけでは場所を特定できないんですけど、タイトルをGoogleマップの座標にしていて、QRコードから飛ぶとGoogleマップで撮影場所を見られるようにしていて。今後もこのスタイルは変えずに、場所をそういった形で伝えていこうと思っています。
――なるほど。そしたら齋藤さんの写真の撮影場所を巡る“聖地巡礼”もできますね。最近、エチオピアに行かれて写真を撮られた狙いはあるんですか?
齋藤 動機としては、ウクライナとロシアの戦争が始まる前に渋谷でデモがあって、そのときに近くを通りかかったのでデモを撮ったんです。デモの写真って、新聞などで見かける報道写真のようにリアルになりがちなんですけど、僕の撮り方で撮るとライトになるというか、ポップでかわいくなったんです。生々しすぎず、でも起こったことはちゃんと伝わる写真になった。エチオピアも貧困国ではあるけど、中国資本が入ってアフリカ内では勢いのある国で。首都もお金を持っていそうなビジネスマンもいれば、その脇では物乞いもする人もいて、そういう格差を撮るという挑戦もしてきました。
――貧困問題などのシリアスに捉えられがちな事象も、齋藤さんのフィルターを通せば抵抗感の低いポップな写真で提示できるということですね。ある種、物事をフィクションのように捉えてもらえるかもしれないと。ただ、そうなると、ともすれば誤った伝わり方をするケースもあると思いますが、齋藤さんの写真が果たす役割をどのように考えていますか?
齋藤 僕の撮ってる写真というのは、「ここがこうなっているからいいね」という捉えられ方より、「なんとなくいいね」と言われることが多いんです。構図とか色とか、その人のセンスになんらかの形で刺さるグラフィックデザインのような意味合いが強いというか。どちらかというと、意味性を強く持っているというよりもビジュアル優先というか。ポップに撮るというのも、ある種の“軽さ”を狙っているんです。ファッション感度が高い人が、あるセンシティブな事象に、僕の写真に触れることで興味を持ってくれたらいいなと思っています。
――パッと見ていい写真だなと思ってもらって、そこから一歩踏み込んで意味を感じてもらえたら、きっと齋藤さんの冥利にも尽きるでしょうね。パッと見たときに感じてもらえる“キャッチ―さ”を意識されているんだなと感じました。ちなみに今回の個展のポスターになっている写真についても解説をお願いしたいです。
齋藤 これは東京・豊洲の駐車場にあった監視カメラです。今回展覧会タイトルを「My Eyes」にしたのも、自分の眼で見てきたもの、着眼点をみなさんに見せているので、監視カメラも24時間365日無限に広がっている光景を見続けているという意味で自分とリンクしたので、今回はこの写真をポスターに起用しました。監視カメラを自分の眼に見立てたんです。
――確かに象徴的ですよね。“街中にある目”という意味では。
齋藤 この写真は「盗み見」というタイトルにしたんですけど、自分のモノの見方にもそういう姿勢があるので。他の作品に展望台にあった望遠鏡(※3)もあります。街中にある無機物も、自分と重なる部分、リンクする部分は多いんだよというメッセ―ジを伝えたいんです。
――昆虫以外に、齋藤さんがよく撮りがちな被写体はありますか?
齋藤 メカ系はよく撮っちゃいますね。配線だったり、車も好きなので機械系だったり。デザインされているけど、かっこよく見せようと思ってはデザインされていないもの。必要最低限の機能だけを搭載して、それ以外の要素は省いて作られたものですね。自分の制作作業も、ミニマルな必要最低限なモノしか映していないという意味で、自分の姿勢とリンクするので。
――今後も個展を開催されると思いますが、日々の写真はインスタに上げ続けていくのでしょうか?
齋藤 そうですね。今回初めて展覧会をさせてもらいましたけど、これまでは自分を「アーティスト」と自覚したことがなくて。自分の作品をインスタに投稿するなどしてスマホやPCの画面上で見せていたものを、プリントして額装して、それを販売するという行為も初めてやったんです。自分はファッション系の仕事、商業カメラマンとしてしかこれまでお金をいただいたことがなかったので、今回そうした商業的なコマーシャルな写真ではないものを世に出せたので、今後は商業カメラマンと今回のようなパーソナルな写真の“間”をいければと思っています。
――今後も齋藤さんのライフワークとしての活動を楽しみにしています。最後にメッセージをお願いします。
齋藤 僕が4年もの間、カメラを持ち始めてから、気になったものを撮りため続けて、自分がしてきたこれまでのアーティスト活動のすべてがここに詰まっています。展覧会をすることで自分の中でステップアップできた実感があるので、齋藤翼の第1章の終わりかと思っています。その集大成をぜひ目に焼き付けていただけると嬉しいです。
Profile/齋藤 翼
さいとう・つばさ●1997年北海道生まれ。2018年に独学で写真を撮り始め、21年からは東京を拠点にフリーランスとして活動を開始。『GRIND MAGAZINE』『Them magazine』などのファッション誌や、ファッションブランドのビジュアルワークなどで活躍。
齋藤 翼公式インスタグラム
Information
タイトル: MY EYES
アーティスト: TSUBASA SAITOH
会期: 2022年4月29日(金) ~8月4日(木)
会場: DIESEL ART GALLERY(東京都渋谷区渋谷 1-23-16 cocoti DIESEL SHIBUYA B1F)
TEL: 03-6427-5955
開館時間: 11:30 – 20:00 (変更になる場合がございます)
入場料: 無料
Webサイト
Online Store
Facebook
Twitter
展覧会ハッシュタグ: #myeyes_hydro #dieselartgallery
DIESEL ART GALLERYとは?
ライフスタイルブランド DIESEL が手掛けるギャラリー「DIESEL ART GALLERY」。新進気鋭のアーティストや、他では見ることができないアバンギャルドな作品と気軽に触れ合うことができる場として知られる。知名度、ジャンル、世代を問わず、グラフィックや写真、インスタレーションなど世界中から厳選した幅広いテーマのアート展を開催。アート作品やアーティスト関連グッズの販売も行っている。コンセプトストア「DIESEL SHIBUYA」内に位置し渋谷というアクセスのよさも魅力。
最新のアート発信拠点としても注目されている。
写真=大村聡志
インタビュー&文=熊谷洋平
この記事をシェアする