「90年代の原宿には“やってやるぞ感”が漂っていた」名優・永瀬正敏が認める“一番かっこいい男”とあの代表作への思い
執筆者: 編集者・ライター/高田秀之
当時の原宿には“やってやるぞ感”が漂っていた
――当時の原宿は永瀬さんにはどう見えていたんですか?
永瀬「好きな服を作るんだ、好きな音楽をやるんだっていう、やってやるぞ感が漂ってて、素敵でしたよね。好きなことをやるんだっていう勢いも感じていたし、ポジティブ感が漂ってた」
――永瀬さんも洋服、特にレディースが好きという話をよくされていますが、具体的にはどういうものが?
永瀬「デザイナーさんの個性、メッセージを感じるものですかね。ヨウジさんとか、ヴィヴィアン(・ウエストウッド)とか。ネイバーとかアンダーカバーとか。さすがにレディースは着られないですけど、惹かれる洋服は飾っておきたい気持ちになります」
――ご自身でもTrygod(トライゴッド)というアクセサリーブランドをやられてましたよね。
永瀬「もともとは知り合いがジュエリーブランドをやっていて、そこが危ないってときに、じゃあ、僕がデザインしたものを作ってよと言って始めたんです。そこからヒス(ヒステリックグラマー)の北村(信彦)さんや(ネイバーフッドの)滝沢(伸介)くんとかにも協力してもらったりしたんですけど、きっかけは友達の救済ですね」
――デザインもしていたんですか?
永瀬「めちゃめちゃ真剣にやってました。直接は関係のないローマ時代の芸術の本とか、ヒエログリフ(古代エジプトの象形文字)とかを参考にしたりして。東北の震災で展示会がストップして、ブランドもそこで止まっちゃってるんですけどね」
――北村さんとはフジロックでヒスの撮影もしたそうですね。
永瀬「会場にいる人を捕まえて、ヒスの服を着てもらって撮影するっていう企画です。お客さんを見てないようで見てる、北村さんのモデルのチョイスや何気ない声の掛け方が絶品で、さすがだなと思いました。僕、中判のカメラ(小型カメラより重く、撮影できる枚数も少ない)を持ってっちゃたんですよ。ライブも中判で撮ってたし、いろいろ間違えました(笑)」
――アクセといえば、ウルフズヘッドの幹田(卓司)さんとも交友がありますよね。
永瀬「幹田くんは作品に関してはすごくストイックで、一個作るのにどれだけ全身全霊を込めているかも知っているので、気軽には頼めないですよ。でも、TV版の“濱マイク”のときには、無理言って、リストバンドを2つ作ってもらいましたけど」
――濱マイクは今は配信でも観られますけど、画期的なドラマでしたよね。毎回、監督も違って、ゲストも豪華で。
永瀬「濱マイクの衣装って派手で、一見探偵っぽくないんですけど、本当の探偵の人から話も聞いたので、衣装に全部理由はあるんですよ。リストバンドは切られそうになったときにそこで止める、とか。探偵の人に何が大変ですか?って聞いたら、靴がすぐ悪くなるって答えだったので、じゃあ、ラバーソールがいいんじゃないかと。ラバーソールもジョージ・コックスっていう僕の憧れのブランドとコラボさせてもらって、濱マイク仕様のモデルを作ってもらったんです」
この記事を書いた人
流行通信社、ロッキング・オン社をへて、1990年に宝島社入社。Cutie編集長ののち1995年にsmartを創刊。2024年に退社し、現在はフリー。
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