「世の中に純粋な“悪”はなくとも、“罪”はあふれている」高良健吾が衝撃のミステリー映画『罪と悪』で出会った新たな価値観【インタビュー】
執筆者: ライター/石野志帆
高良健吾が考える“なかったこと”にしない生き方
――演じられた春は、出で立ちそのものはすごく威圧感がありますが、もし弱みを挙げるとしたら?
高良 この映画の“罪と悪”っていう部分を考えたときに、映画に登場する街の大人たちは、いろんなことを“なかったこと”にする人たちが多いと思いました。春が子供だった頃も、いろんな事件が“なかったこと”にされていて、街自体もちょっと歪んでるなっていう気はしていて。一方で春自身は、自分の仲間や家族に対して(親たちと)同じことはしなかった。だけどこの人はそれ以上に、何かを“消す”っていうイメージがあって。“なかったことにする”ことの、もう一段上にいくような振り切っちゃう人間になっていて。それは弱みといえば弱みかもしれないと思いました。
――この映画に出演して、ご自身の中で変化や新たな発見はありましたか?
高良 “なかったこと”にすることや、うやむやにすることっていうのは、すごく罪だなと感じました。そういう意味で、純粋な“悪”っていうのはなくて、一方で、“罪”っていうのはこの世には溢れている気がします。純粋な“悪”はなかなかないけれども、“罪”が重なっていったときに“悪”に変わるのかなって。そしてそれは、日本の縮図にもなっていると思います。なかったことにされる場所にいると、閉塞感を感じるじゃないですか。今の日本もそういう部分があるというか。いろんなことが“なかったこと”にされてうやむやにされることがあるのではと感じました。
――閉塞感もある世の中、高良さんご自身はどうバランスを保っていますか?
高良 普通に生きていたら自分のことをごまかさなきゃいけない瞬間とか、ちょっと嘘ついてしまう瞬間っていうのは絶対あると思うんですよ。だけど、それに対して意識的でいるっていうのは大切な気がします。でも、いろんな問題があるなかで、それを自分の問題にしすぎて壊れてしまうのもちょっと違うと思う。自分の問題にしなきゃ解決しないこともたくさんあるからこそ、自分なりの解決方法というか、向き合い方っていうのを見つけていかなければいけないと思っています。
この記事を書いた人
TV局ディレクターや心理カウンセラーを経て、心を動かす発見を伝えるライター。趣味はリアリティーショー鑑賞や食べ歩き。海外在住経験から、はじめて食べる異国料理を口にすることが喜び。ソロ活好きが高じて、居合わせた人たちの雑談から社会のトレンドをキャッチしている。
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