「坂東さん」、バチェラー&バチェロレッテを卒業!「1ミリも動かない」ポーカーフェイスの裏側と、最新作で引退を確信した“我を忘れた瞬間”
執筆者: ライター/石野志帆
「見守る」ことで変わった人生

――バチェラー・バチェロレッテは、主人公に選ばれた時からその役割として完成されているものなのでしょうか?それとも旅の中で変わっていくものですか?
坂東 みなさん最初は緊張やワクワクを抱えて参加されますが、旅が進むにつれて基本的に心が傷ついていくんですよ。人が減っていく分、その重みが増していき、選択に対する責任や強い意志が求められるようになる。その過程で、だんだんとバチェラー・バチェロレッテになっていくのだと思います。
――“傷つく”という表現が印象的です。
坂東 人と出会って別れるときって、誰でもそうですよね。たとえ短い期間でも人生が重なった相手との関係を終わらせる。それはやっぱり、傷つくことなんだと思います。
――この旅を通じて、坂東さん自身の価値観に変化はありましたか?
坂東 実は僕、もともとは「我が、我が」というタイプだったんです。それこそ「他人が幸せでも、自分が幸せでなければ意味がない」とさえ考えていました。
――穏やかなイメージからは想像もつきません。
坂東 そのような人間だった自分が、この番組で「見守る」ことの究極を突き詰め、他人の幸せを我が事のように喜べるようになったんです。自分の幸せに執着するのではなく、誰かの幸せを祈ることが自分の幸せに繋がる。恋愛観というより、人生観そのものを教えてもらった旅でした。大いなる財産をいただいたと思っています。
――「坂東さん」という大きな役割を終え、これからどのような道を歩まれるのでしょうか?
坂東 よく「肩書きは何ですか?」と聞かれますが、自分でも分かりません(笑)。でも僕のスタンスは一貫していて、「求められていることをやる」だけなんです。俳優、アート、ナレーション、ディレクター、プロデュース……。一つのことを極めることにはあまり興味がなくて、常に新しい自分を開拓していたいと思っています。
――特定の枠に収まらずに、前に進んでいかれるのですね。
坂東 48歳にして、まだ自分探しをしているような感覚ですよ。でも、それでいい。卒業しても、一視聴者としてこのシリーズは応援し続けます。彼らを応援することは、結果として自分自身の人生を応援することにも繋がると思うんです。
(了)
Profile/坂東 工(ばんどう・たくみ)
1977年7月25日生まれ、東京都出身。日本大学芸術学部を卒業後、渡米し、2007年に帰国。映画『ディパーテッド』や、映画『硫黄島からの手紙』、日米豪合作映画『レインフォール』などに出演。2011年、アート活動を開始。Prime Video『バチェラー・ジャパン』シーズン1(2017年)から『バチェロレッテ・ジャパン』シーズン4(2026年)まで、シリーズの司会進行役を務めた。俳優のみならず、アーティストとしても活動し、“見えないものを描く”表現を軸に作品制作・ライブペインティングを行っている。Instagram:@takumimoriyabando
この記事を書いた人
TV局ディレクターや心理カウンセラーを経て、心を動かす発見を伝えるライター。趣味はリアリティーショー鑑賞や食べ歩き。海外在住経験から、はじめて食べる異国料理を口にすることが喜び。ソロ活好きが高じて、居合わせた人たちの雑談から社会のトレンドをキャッチしている。
Website:https://smartmag.jp/
お問い合わせ:smartofficial@takarajimasha.co.jp
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