「期待することをやめた人生」 は本当に完璧なのか?山谷花純が映画『PERFECT DAYS』に見た、 ”独り占めできる幸せ” の正体
執筆者: 女優/山谷花純
感想
生活のために仕事をしているのか。仕事のために生活をしているのか。
ふと疑問が浮かんた時があった。
自分にとっての日常とは?
仕事が主軸の生活を18年間送り続けると、いざ自分主軸の生活を送ろうとしても何から始めたらいいのかが分からない。
不思議だね。一人の人間であることは変わらないのに、役という無色透明な仮面を剥がした瞬間、どう生活したらいいのか迷子になってしまうんだから。
2025年は、ずっと後回しにしてきた「自分自身と向き合う」をテーマに生きると決めてスタートを切った。
紆余曲折ありながらも、一つ、また一つと答えを出して。あまりにも時間がかかってしまったけれど、ようやくここまで来た。
私なりに消化できた「日常」という答え。それを伝えるには、この作品と一緒がよく似合う。
今作の主人公は、風呂なしアパートに一人暮らしを続ける男性・平山。彼にとっては、当たり前のように繰り返されている日常生活のごく一部を切り取って一つの物語が紡がれる。
なんの変わり映えもしない日々も視点を変えれば同じ景色なんか一つもない。季節の移り変わりとも関係なく。流れ行く時に身を任せて。
一人だからこそ、他人を気にせずに構築できるルーティン。それでも安定と変化の天秤は常に揺れ動く。人間は、本当の意味で一人で生きることができないから。
平山のルーティンが面白かったから、ざっと1日の流れを書いてみよう。
彼の目覚まし時計は、近所の人が玄関先でホウキ掃除をする音。鼓膜が破れそうになるアラーム音ではなく、別の世界を生きる誰かの日常から自分の世界をスタートさせるのだ。
身支度を整え、同居している植物たちに霧吹きをかけ、家を出る。彼の職は、公衆トイレの清掃員。家の目の前にある自販機で毎朝同じコーヒーを買い、軽自動車にエンジンをかける。
この車には、自分で生み出したこだわりが詰まったお掃除グッズがたくさん詰め込まれている。
いつも決まったシフトで、決められた担当場所へ向かう。清掃途中で人が入ってきたら外で待つ。その時間で木漏れ日や風に靡く木々たちを眺める。
昼食を取る場所も、食べるものも決まっている。フィルムカメラのレンズを覗かずにシャッターを切るのが彼の趣味らしい。神社に聳え立つ大木が彼の友達であることも、シャッター音と同時に知る。
仕事を終え帰宅すると、行きつけの銭湯のオープン時間ピッタリに顔を出す。一番風呂だ。上がったら、大衆居酒屋に寄って飲み食いして帰宅。睡魔が襲うまで読書をし、彼の一日が終わる。

これが平山が維持している日常。誰かから見たら、不幸せな人生と言われてしまうかもしれない。誰とも共有することがない。孤独な日々だと。
私から見れば、彼がここに行き着いたのには、少なからずきっかけや理由があって。
傷跡は残ってしまったけれど、新しい傷が生まれない世界を求めた答えのような気がした。
多くのものは求めない。最低限の物たちに囲まれて、身の丈にあった場所で自分で自分の機嫌を取る。
自分が身を置く環境に、期待することをやめた一人の人間の生き方は、しがらみがなくて自由を感じた。
時間の使い方が日々同じだから、些細な環境の変化にも気がつける。彼の耳と目と鼻は、決して外界を拒否してるわけではない。自然の流れに身を任せて、自分指針のアンテナでキャッチする。
イヤフォンで塞がれた耳には、小鳥のさえずりは届かないだろう。スマートフォン片手に歩いていたら、街の変化も気づかない。
ついこの間、平山の真似をし、自分の嗅覚だけを頼りに金木犀を探す散歩をしてみた。
マンションのエントランスを抜けたら、やたら金木犀の香りがするなって、疑問の謎が解けた……。建物をぐるっと一周囲むように金木犀が植っていたのだ。
ここに越してきてから数年経つのに、狭い世界ばかりを見て過ごして来たことを知った。
誰にでも平山の真似っこすることができるから、ぜひ挑戦してみてほしい。ほんの少し彼が見ていた世界に近づけた気分になるから。
ただどんなに安定を求めても、そうはいかないのが現実だ。この世界、本当の意味で一人にはなれない。彼もこの世界の住人だからね。
ある日、突如姪のニコが家出をして彼の元にやって来た。そこから始まる数日間は、彼にとっての非日常。思いも景色も言葉も、自分以外の誰かと共有する日々になる。



血の繋がりなのか、ニコも独特な感性を持つ少女。真っ直ぐに思いを言葉にして問いかけてくる。
「おじさんとママは、仲が悪いの?」
それに対して彼はこう答えた。
「この世界は本当は沢山の世界がある。繋がっているように見えても繋がっていない世界がある。僕のいる世界は、ニコのママといる世界と違う。」
物理的にだけでなく、心の世界についても含まれているように思えた。
“この距離がちょうど良い“を、彼はこの伝え方をしたのだ。
そう納得していても、ニコの母親である実の妹と久しぶりの再会をしたら込み上げてくるものがあった。
溢れた一粒の涙。一度湧き出た感情は、安定と一番遠い存在。全てをかき乱す。
一人は楽だ。傷つくこともないし、失敗も限りなく減らせる。自分で稼いだお金も自分のためだけに使える。
でも、誰かと何かを共有することで、自分が知らない自分と出会える。彼が涙を流したのは、いつぶりだったのだろうと、見ながら思った。
平山にとってニコとの再会は、自分の日常を改めて俯瞰してみる一つのきっかけになった。
人生の折り返し地点に差し掛かっていたとしても、変わらず明日はくる。生きるということ、生活するということ。
平山という一人の人間の人生の一部に触れ、欲しかった答えがようやく見つかった。
自分が生きていた時間の中で一番長く継続できていることが日常の土台を作っているということ。
たまに、放り投げたくなる瞬間もあるけれど、土台がなくなったら全てのバランスが崩れること。
誰かにとっては輝かしい世界。誰かから見たら不幸せな生活。
日常生活の幸福は、自分が指針で正解なんだと。誰かに口出されて自分の幸せを閉じ込めるのは間違っている。
生活のために仕事をしているのか、仕事のために生活をしているのか。
どちらかが欠けたら、きっと日常と呼べなくなる。
手放してはいけない社会との繋がり、それが仕事。その仕事を成立させるためには、やっぱり生活がとても大切な軸となっていること。
どっちも頑張らなくて良いんだろな。自分が生きやすい世界を作り上げるということは、自分だけが独り占めできる幸せ。
それを共有したいと思った存在ができたら、その時また考えればいいことで。
先のことばかりを考えても、あんまり意味がないのかもしれないと。
ありふれた今日一日を生きた先に見える景色が楽しみになった。
今作の題名「PERFECT DAYS」。
その通りじゃん。これが全てだった。

『PERFECT DAYS』UHD/Blu-ray/DVD情報
好評発売中
発売元:ビターズ・エンド
販売元/豪華版BOX発売協力:TCエンタテインメント
発売協力:スカーレット
公式HP:https://www.perfectdays-movie.jp/
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この記事を書いた人
1996年12月26日生まれ、宮城県出身。2007年にエイベックス主催のオーディションに合格、翌年12歳でドラマ「CHANGE」(CX/08)で女優デビュー。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(13)、「ファーストクラス」(14/CX)など話題作に出演。その後、映画『劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命』(18)、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22)、連続テレビ小説『らんまん』(23)などに出演した。主演映画である『フェイクプラスティックプラネット』(20)ではマドリード国際映画祭2019最優秀外国語映画主演女優賞を受賞するなど、今後の活躍が期待される。
Instagram:@kasuminwoooow
Website:https://avex-management.jp/artists/actor/TKASU
お問い合わせ:smartofficial@takarajimasha.co.jp
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