「“好き”に対しての情熱が同じ温度であることが一番大切」映画『BLUE GIANT』のJASSの3人が教えてくれたこと【女優・山谷花純の映画レビュー】
執筆者: 女優/山谷花純
2023年公開の映画『BLUE GIANT』レビュー
今の自分が抱く夢の始まりは、どこになるのだろう?この作品を見終わって、一番最初に頭に浮かんだことだった。
“夢”と固まる前に必ず通るのが、“好き”という実感だと思う。好き、好き……。無我夢中になる。時計の針が何周回ったのか忘れるほどに。好きだからこそ、向上心が生まれ、苦ではない努力を重ねられる。
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そして人と自分を比較するのも、当たり前の通過点だと思う。
努力が報われない瞬間に“挫折”という名前がつく。これまでに夢を放棄しようと思った瞬間なんて、数え切れないほどある。
主人公の宮本大が凍える寒さの中、一人でサックスを吹く冒頭シーン。静かに降り続ける雪と共に、忘れてしまっていた大切なものが心に積もり始める。恥じらいがない衝動的欲求。「やらされているのではない。やりたいから」。行動することに、理由を求めることすらない。
まだ見ぬ未来への希望や期待がそうさせたのか。歳を重ね、得たものたちを数えてしまうような、大人になった自分には羨むことすら嘘の感情のような気がしてしまう。ただ、ただ、自分にもそんなときがあったなと。少なからず、そんな過去に救われた瞬間も多いのは真実。
大が大きなリュックサックと相棒のサックスを抱え、東京という大都会に降り立つシーンもそう。ネオンが眩しいなぁ。人が多いなぁ。ここから始まるんだ。地方出身の多くは、大と同じ気持ちを抱く。
こんなにたくさんの人間がいるのに、ちゃんとした会話ができる場所はどこにもなくて。個々を一番に大切にしている都会=世界に戸惑う。
夢と希望を握りしめながら、本当にここでやっていけるのだろうかと、ため息一つ。それでも、夢に向かって伸びる不確かなレールを歩いている時間は、不安が希望へと変換されるから不思議だ。好きなことをするために、やらねばならないことで汗を流して得たお金の重さも優しくて。
この数枚の諭吉(一万円札)のためにかけた時間と、消費する時間が伴わないことに対して不満や疑問すら抱かない。失うものがないというのは、逃げるという選択がないということで。だからこそ、主人公の笑顔にためらいや嘘の香りがしなかった。
27歳の私は、そんな笑顔ができるのだろうか。
JASSのメンバーとなる雪折と玉田は、大の才能に勝る努力に共鳴した唯一無二の仲間だった。知り合いばかりが勝手に増えていく世界で、友達や仲間と呼べる人たちとの出会いは奇跡だと思う。
好きなものへの情熱、向き合い方、眺める世界がどこまで一致しているか。根本的な価値観が同じだけでは成り立たない。
共有する時間の中で、友達よりも許し合える範囲が広いのも、お互いへのリスペクトがあってこそ。人への向き合い方が疎かになるこの地で、JASSの三人が巡り会えたことは運命や必然と呼びたくなる。
人としての違いはあるけれど、何よりも一番大切な“好き”に対しての情熱が同じ温度だった。物語が進むにつれ、それぞれが違った壁にぶつかり、経験を重ね始める。
一つの曲がそれぞれに寄り添う形で演奏の形だけが変化していく。感情の音楽であるジャズにしかできない距離感で、想いを音色に乗せて届けられた。アニメーションを超えたドキュメンタリー作品を観ている感覚に陥る。初めての経験をもらった。
「集団とは、始まりが頂点だ」。なんて言葉を人からもらったことがある。けれど、JASSに関しては、物語の終わりが一番強い輝きを放つ頂点だった。そんな音楽を紡ぐ集団は、純粋に格好良かった。
真っ暗なエンドロール中、静かに鳴り続けるジャズミュージック。赴くまま、私が夢と共に歩んできた16年間を振り返る。得たものたちを数え、同じくらい失ったものたちが浮かぶ。
そこには、自ら手放してきたものも含まれている。たくさん傷ついて。たくさんの人を傷つけてきた。全員が座ることができる椅子がないと言うことも知ってしまった。
だからこそ、始まりの好きには、もう戻りたくても戻れない。ここまで来たら、引き返してたまるかよって。意地とプライドが大半を占めている。これをきっと“大人になった”というのかな。
環境の変化で変わりゆく価値観や人間関係とかは至極当然で、好きに変わりはなくとも向き合う形は複雑になるばかり。それを“偽り”と呼ぶか“本心”と呼ぶかなんて周りの勝手と諦める。
なのに、嫌われたくないという恐怖。心を拭い切れない。何にもなかったから、誰もいなかったから。自分の本心だけを頼りに歩むしかなかった。
今作の主人公たちが、それの尊さや強さを知るのはもう少し先の話。大人の始まりは、振り返るようになったことなのだと教えてくれた作品だった。今に見合った向き合い方の好きも、いつかは振り返ることになる。それで良い。それが良い。好きじゃなかったら振り返ることすらしないんだから。
【ストーリー】
雪が舞う、月明かりに照らされた広瀬川。風の流れに乗って蔓延る音楽。この寒さに呑み込まれてたまるかと争う熱を帯び。孤独という感情を吹き飛ばすような。そんな音色の始まりを辿ると、仙台で暮らす一人の男子高校生に行き着く。この作品の主人公、宮本大。とあるきっかけでジャズに魅了され、雨の日も雪の日もたった一人でテナーサックスを吹き続けている。
彼の口癖は「オレは世界一のジャズプレイヤーになる」。恥じらいもなく口にする、その姿はダサくて格好良い。卒業を機に、大きな夢を抱いて上京した大が転がり込んだ場所は、高校の同級生、玉田俊二の家だった。マイペースな大に文句を言いながも、仙台から上京した数少ない存在を同志と思える心の持ち主。良いやつって言葉がよく似合うのが玉田だ。
居候生活が板に着いてきた頃、ふと訪れたジャズバーのママに紹介されたライブハウスで、同年代の凄腕ピアニスト、沢辺雪祈と出会う。雪祈は、大とは違った音楽との歩み方をしてきた。性格も真逆。けれど、音楽の情熱だけは激しく共鳴。偶然という必然の出会い。ここから全てが始まる。“JASS”という名を背負い、耳だけでなく心に響く音楽の灯火が。その色の名は、タイトルに刻まれている。
【製作者】
2013年に石塚真一が「ビッグコミック」(小学館)で連載を開始した漫画「BLUE GIANT」。“音が聞こえてくる漫画”と評され、第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門 大賞および第62回小学館漫画賞(一般向け部門)など受賞多数。多くの著名人からも絶賛され、コミックスのシリーズ累計部数は890万部を超える大ヒット作品に。世界最古のジャズレーベル「BLUE NOTE RECORDS」とのコラボレーション・コンピ・アルバムの発売や、ブルーノート東京でのライブイベント「BLUE GIANT NIGHTS」の開催、Spotify とのコラボ・プレイリストの公開など、現実のジャズシーンにも影響を与えている。
その「BLUE GIANT」が、満を持して初めて映像化された。
今作の看板JASSのメンバーの声優に選ばれたのは、今をときめく三人の俳優。
主人公・宮本大役の山田裕貴。沢辺雪折役の間宮祥太朗。玉田俊二役の岡山天音。さまざまな苦楽を経験してきた同世代の彼らだからこそ、人を想う情熱が声に乗せられた。監督を務めるのは、「モブサイコ100」シリーズや劇場版『名探偵コナン ゼロの執行人』(18)で 注目を集める立川譲。
脚本は、連載開始前からの担当編集者で、現在はstory directorとして作品に名を連ねる NUMBER 8が担当。
アニメーション制作は「幼女戦記」(17)などで注目を集めるスタジオ・ NUTが手掛ける。
映画音楽は、日本のジャズシーンのトップランナーであり、世界的ピアニストの上原ひろみが担当。上原は、主人公たちのオリジナル楽曲の書き下ろしをはじめ、劇中曲含めた作品全体の音楽も制作する。
また、主人公たちのバンド・JASSの演奏を支えるアーティスト陣も豪華なメンバーが揃った。サックス(宮本大)はユニバーサル・ミュージック協力のもと、国内外 の有力奏者を集めたオーディションを実施。応募があった世界中のプレーヤーの中から、バークリー音楽院時代からアメリカを拠点に活躍し、最近ではDREAMS COME TRUEとの共演などでも注目される馬場智章が選ばれた。ピアノ(沢辺雪祈)は、上原ひろみ自身が担当。さらに、ドラム (玉田俊二)の演奏はmillennium paradeへの参加、くるりのサポートメンバーとしても活躍する石若駿が担当。この作品でしかつくりえない、最高のジャズトリオの演奏が彩る。
Profile/山谷花純(やまや・かすみ)
1996年12月26日生まれ、宮城県出身。2007年にエイベックス主催のオーディションに合格し、翌年12歳でドラマ「CHANGE」(CX/08)にて女優デビュー。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(13)、「ファーストクラス」(14/CX)など話題作に出演。その後、映画『劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命』(18)、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22)、連続テレビ小説『らんまん』(23)などに出演した。主演映画である『フェイクプラスティックプラネット』(20)ではマドリード国際映画祭2019最優秀外国語映画主演女優賞を受賞。2024年は1月期の『新空港占拠』(日本テレビ系)、4月期の『アンメット ある脳外科医の日記』(フジテレビ系)、7月期の『海のはじまり』(フジテレビ系)と話題作に立て続けに出演。
公式Instagram:@kasuminwoooow
公式X:@minmin12344
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©2023 映画「BLUE GIANT」製作委員会
©2013 ⽯塚真⼀/⼩学館
この記事を書いた人
1996年12月26日生まれ、宮城県出身。2007年にエイベックス主催のオーディションに合格、翌年12歳でドラマ「CHANGE」(CX/08)で女優デビュー。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(13)、「ファーストクラス」(14/CX)など話題作に出演。その後、映画『劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命』(18)、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22)、連続テレビ小説『らんまん』(23)などに出演した。主演映画である『フェイクプラスティックプラネット』(20)ではマドリード国際映画祭2019最優秀外国語映画主演女優賞を受賞するなど、今後の活躍が期待される。
Instagram:@kasuminwoooow
Website:https://avex-management.jp/artists/actor/TKASU
お問い合わせ:smartofficial@takarajimasha.co.jp
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