人気プロレスラー川田利明がラーメン屋を始めてみたらプロレス以上に過酷すぎた話川田利明『プロレスラー、ラーメン屋経営で地獄を見る(宝島SUGOI文庫)』
執筆者: smart編集部
平成を彩った名プロレスラーで、“デンジャラスK”という愛称で人気を博した川田利明。かつて新日本プロレスと人気を分け合った全日本プロレスの第12代三冠ヘビー級王者として君臨するなど、三沢光晴、小橋建太、田上明との闘いは「四天王プロレス」と呼ばれ、全国のプロレスファンを大いに興奮させた。そんな川田の今の肩書きは「ラーメン屋店主」。“脱サラ”ならぬ“脱プロレスラー(正式に引退はしていないが)”をした上で、2010年6月、東京都世田谷区に「麺ジャラスK」をオープンさせ、以来厨房で腕をふるっている。smart Webでは、その汗と涙のラーメン店経営の日々を赤裸々につづった『プロレスラー、ラーメン屋経営で地獄を見る(宝島SUGOI文庫)』から一部を抜粋して3回に分けてご紹介。2回目は、お店の場所を世田谷にした理由、オープン当初の苦労などについて。(全3回の2回目)
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別にラーメン屋じゃなくてもよかった!?俺流セカンドキャリアのスタート
これから先のページで書くことは、本書のタイトルにもあるように、飲食店を起業するにあたって「してはいけない」ことばかり、である。
もちろん、すべてが俺の実体験に基づく「実話」だ。
この章を読んで「やっぱりラーメン屋になろうなんて夢を持つのはやめよう」と思ってもらってもいいし、逆説的なビジネス学として「川田利明を反面教師にして失敗をしない」と肝に銘じてもらってもいい。
ウチの店は今年(2019年)の6月に10年目を迎えたわけだけど、時にはメディアにも登場する俺が営むラーメン屋の実情は厳しいエピソードばかり。さあ、それでもあなたはラーメン屋にトライしますか? まずは読みすすめていってほしい。
さて、そんな前振りをしておいて、こんなことを書くのもどうかと思うけれど、ウソをついたり、カッコつけても仕方がないので正直に告白する。
俺は別にラーメン屋じゃなくてもよかったんだよ。
第1章で書いたように、これまでの経験値から、プロレス以外で俺ができる仕事となると、「もう飲食店しかないな」という結論にたどりついた。
そして中華料理屋で勉強をさせてもらってはいたけれど、決してラーメン屋をやるために学んだわけではない。そこの店主とは以前から知り合いだったので、昔からいろんなことを教えてもらってはいた。
もっとも、俺は典型的な「店主が嫌がる客」だった。ちょっと気になることがあると「ねぇ、この味ってどうやって出しているの?」と根掘り葉掘り聞きまくる。一緒に行った人が「また始まった……」とあきれ顔をしているのもわかるけれど、その疑問を解決せずにはいられない。
そうやって、いろんなジャンルのプロの料理人から話を聞いて、自分の知識として蓄積していっただけで、「ラーメンを極めよう」なんて考えはまったくなかった。
ただ、中華料理店で学んだことは、本当に大きかった。
変な話、そこで教えてもらった料理は今、一切、俺の店では出していない。スープの作り方はしっかり教えてもらったけれども、中華料理店とラーメン屋のスープというのは似て非なるもの。中華料理店の場合、いろんな料理に使うためのスープだから、ラーメン屋ほど個性が出ない。最初は「これは失敗したかなぁ~」と思ったけれど、基礎の基礎の部分は同じだから。いまだに俺が厨房に立てているのは、絶対的にこの時の教えのおかげだと思っている。
プロレスも料理も、その部分ではよく似ている。
最近の若い選手たちには、基本を疎おろそかにして、派手な技ばかりを覚えようとする人が多いみたいだけど、それじゃ絶対に伸びない。
まず基本となるものがしっかりとあって、そこからどんどん枝葉が伸びていく形にしていかないと、長続きしないし、そのあたりはお客さんにも簡単に見破られてしまう。基本さえ、ちゃんと学んでおけば、そこからいくらでも応用が利く。そういう意味では、開店前の勉強期間はものすごく大事だった。
自己流で「俺のラーメンを食わせたい!」という情熱だけで起業しようとしている人もいると思うけど、それだけは絶対にやめたほうがいい。一時的には話題を集めて注目されたとしても、行列が途切れた時に次の一手が打てなくなる。面倒でも、ちゃんとした人の下に弟子入りしてから、自分の店を出すべきだ。
話が逸(そ)れた。じゃあ、なんで俺はラーメンがメインの店を出したのか?
答えは単純明快。俺が借りた物件が、もともとラーメン屋だったから。
初めて店を出すわけだし、そのほうがいろいろやりやすいだろうな、と思ってね。もし、この物件がもともと焼き鳥屋だったら、俺は焼き鳥屋になっていたし、串揚げ屋だったら、串揚げ屋をしていたはず。ここでも俺の器用さが、悪いほうに向いてしまったかもしれない。
唯一、寿司屋だけは特殊なジャンルなので、さすがに「じゃあ、俺が握ります」とはならなかっただろうけど、とにかく俺の場合、作りたい料理ありきではなく、「物件ありき」でのスタートだった。
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