「帰れる実家があることは、当たり前ではない」家族と過ごした正月後に観たい映画『ファーザー』【山谷花純の映画レビュー】
執筆者: 女優/山谷花純
自分が誰なのかも分からなくなっていく中、目の前にあるリアルにしか縋(すが)ることができない。 約1時間30分と言う短い尺の中に、ゴールのない迷路を歩き続ける日常が詰め込まれていた。ここまで観客を翻弄(ほんろう)させたのは、アンソニー・ホプキンスの存在があってこそだと思う。物語のすべてが、彼が演じる役の脳内映像なのだ。事件を仕掛ける犯人や、それに巻き込まれる被害者も、全て自分自身。解明しないミステリーに、たった一人で向き合い続ける。この難解な台本を読み解くには、これまでに積み上げた彼の歴史が大きかったのかもしれない。主人公アンソニーと同じ名前。誕生日も同じ。年齢もほほ同じ。当て書きし直したと分かっていても、役を飛び越えてアンソニー・ホプキンス自身が認知症に蝕まれているように見えていった。
そんな迷界な作品に微(かす)かな光を当て続ける存在がいる。タイトル『ファーザー』を何度も口にする、娘アンだ。父と同じ時間、同じ場所で過ごしているはずなのに、同じ景色を観ることができなくなっていく。昔同様に残っているのは、自我の強さとプライドの高さ。洋服の着方やアンのことも分からなくなっていく。そんな父の話すことが嘘なのか真実なのか。信じきれない自分、老いていく父の母親になりきれない自分。アンソニーとはまた違った形で、 自問自答を繰り返す。
27歳の自分には想像しきれない未来。アンソニーが口にした「全ての葉を失っていくようだ」という言葉そのもののような気がした。積み上げてきた全てを強制的に手放されてしまう。
人は一人で産まれ、一人で死んでいく。『ファーザー』を観るまでは、なんとなく人ってそんなもんだよなって思っていた。ただ擬似体験した後、こんなに孤独な生涯の終止符はないという答えが出た。とても大切で忘れたくない存在と記憶があるのだと知った。そして同時に、私自身のことも、忘れて欲しくない存在のことも。お正月休みで多くの人が、実家へ帰省しただろう。変化で溢れた世界に染まり切ったこの身を、昔から変わらない「おかえり」で包み込んでくれた両親。帰れる実家があることは、当たり前ではない。「ただいま」を言う側で居続けられることも然り。新年早々、自然災害や事故が続いた今、心底そう思う。同じ場所で、同じ景色を見ることができていただろうか。小さな変化を見落としてはないだろうか。老いが駆け抜けるスピードは、忘れたくない記憶の更新よりもはるかに早い。それは、いつか来るかもしれない自分の未来にも通じている。30歳手前で、忘れたくない記憶の更新ができた今が尊く感じる。そんなことを自然と思うようになる映画だった。
【ストーリー】
ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは認知症により記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配した介護人を拒否してしまう。そんな折、アンソニーはアンから、新しい恋人とパリで暮らすと告げられる。しかしアンソニーの自宅には、アンと結婚して10年以上になるという見知らぬ男が現れ、ここは自分とアンの家だと主張。そしてアンソニーにはもう1人の娘ルーシーがいたはずだが、その姿はない。現実と幻想の境界が曖昧になっていく中、アンソニーはある真実にたどり着く。
【キャスト】
アンソニー・ホプキンス、オリヴィア・コールマン、マーク・ゲイティス、イモージェン・プーツほか
© NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINÉ-@ ORANGE STUDIO 2020
Profile/山谷花純(やまや・かすみ)
1996年12月26日生まれ、宮城県出身。2007年にエイベックス主催のオーディションに合格し、翌年12歳でドラマ「CHANGE」(CX/08)にて女優デビュー。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(13)、「ファーストクラス」(14/CX)など話題作に出演。その後、映画『劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命』(18)、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22)、連続テレビ小説『らんまん』(23)などに出演した。主演映画である『フェイクプラスティックプラネット』(20)ではマドリード国際映画祭2019最優秀外国語映画主演女優賞を受賞。2024年1月期は日本テレビ系・土曜ドラマ『新空港占拠』(毎週土曜よる10時放送)に出演中。
公式Instagram:@kasuminwoooow
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1996年12月26日生まれ、宮城県出身。2007年にエイベックス主催のオーディションに合格、翌年12歳でドラマ「CHANGE」(CX/08)で女優デビュー。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(13)、「ファーストクラス」(14/CX)など話題作に出演。その後、映画『劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命』(18)、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22)、連続テレビ小説『らんまん』(23)などに出演した。主演映画である『フェイクプラスティックプラネット』(20)ではマドリード国際映画祭2019最優秀外国語映画主演女優賞を受賞するなど、今後の活躍が期待される。
Instagram:@kasuminwoooow
Website:https://avex-management.jp/artists/actor/TKASU
お問い合わせ:smartofficial@takarajimasha.co.jp
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