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連載真説 星野仙一 ~誰も知らない“鉄拳制裁”の裏側~

「おっさんボケェ!」と叫んだ主砲・山﨑武司が語る星野仙一との愛憎11年

執筆者: ノンフィクションライター/長谷川 晶一

星野ドラゴンズ政権下で主砲も担った山﨑武司

「おっさんボケェ! オレを使えば打てるんじゃ!!」

 山﨑と星野との関係について、当時のチームメイトであり、山﨑の2学年上の中村武志は「星野さんに歯向かったのは山﨑しかいないですよ」と笑い、次のように振り返る。山﨑の言葉を借りれば、中村は「星野チルドレン」の筆頭である。

「あれはナゴヤドームのことでしたけど、監督が“おい、わかったか”と言ったのに、山﨑は返事もせずに無視して行ってしまった。それで監督も、“何だ、その態度は?”という別の理由で怒りだしてしまったことがありましたね。山﨑の場合、“自分が正しい”と思えば、誰に何を言われようが曲げることはしない。《星野チルドレン》ではないのかもしれないけど、監督から見ればああいう選手はどちらかと言えば好きなタイプですよ」

 第三者である中村から見た感想と山﨑自身が抱いた思いは正反対のものだった。99年9月26日、対阪神戦のことだ。2対4とリードされていた9回裏、山﨑は劇的な逆転サヨナラ3ランを放つ。山﨑の自著『さらば、プロ野球』から抜粋したい。

《実はこの時、僕は猛烈に苛立っていました。

 調子は悪くないのにスタメンから外れる日が目立つようになり、怒りの矛先はいつしか星野監督へと向けられていったのです。

 相手ピッチャーの福原忍から豪快なホームランをレフトスタンドに叩きこんだ僕は、ダイヤモンドを一周する前にベンチを力強く指さし、大声でこう叫びました。

「おっさんボケ! 俺を使えば打てるんじゃ!!」

「おっさん」とは星野監督のことです。》

 第一次政権では87年から91年までの5年間、第二次政権では96年から、星野が退任するまでの01年まで6シーズン、合計11年間をドラゴンズのユニフォームを着て「監督と選手」として過ごした。この間、本人も自覚しているように、そして中村も述懐しているように、山﨑は「非星野チルドレン」として過ごすことになる。

 そして再び両者は同じユニフォームを着ることになる。05年に誕生した東北楽天ゴールデンイーグルスである。11年シーズンから星野がイーグルスの監督となる。01年以来、10年ぶりの再会。驚いたのは山﨑だった。

「星野さんがドラゴンズの監督を辞めた後、接点はなかったんです。でも、このとき楽天監督就任が決まった。“おいおい、まさかオレの後をついてくるとは……”と思いましたよ。自分も現役晩年に差し掛かっていたので、“たぶんこの1年でクビになるだろうな”と感じていたんですが、案の定、クビになりました(笑)」

 03年からオリックス・ブルーウェーブ、そして05年からは誕生したばかりのイーグルスに移籍していた山﨑と星野の人生が、改めて交錯することになったのである。

この記事を書いた人

1970年生まれ。早稲田大学卒業後に出版社へ入社し、女子高生雑誌『Cawaii!』などのファッション誌の編集に携わる。2003年からフリーに。ノンフィクションライターとして活動しながら、プロ野球12 球団すべてのファンクラブに入会する「12 球団ファンクラブ評論家®」としての顔も持つ。熱狂的な東京ヤクルトスワローズファンとしても知られ、神宮球場でのホームゲームには全試合駆けつける。単行本が7刷となり文庫化もされている『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(単行本:インプレス、文庫:双葉社)をはじめ、ヤクルト関連の著書・連載多数。スポーツ総合雑誌『Sports Graphic Number』(文藝春秋)にも定期的に寄稿中。日本文藝家協会会員。

X:@HasegawSh

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