「20キロ痩せてこい!」山﨑武司が明かす星野仙一の荒療治と覚醒前夜
執筆者: ノンフィクションライター/長谷川 晶一

常に抱いていた、「いつか星野を見返したい」の思い
「95年の秋季キャンプですよ。いきなり星野さんに呼ばれて、“来年2月の春季キャンプまでに20キロ減量してこい”と言われました。このとき、“もしも体重を落とせなければ、わかっているだろうな……”と脅されました(笑)。それで、12月、1月は地獄のダイエットをしましたよ。ほとんど食べなかった。炭水化物、脂質はほとんどとらずにダイエットに励みましたからね」
プロ入り時には、強制的にアメリカ行きを命じられた。そしてこのときは、有無をも言わせぬ勢いでダイエットを強制された。その結果、2月1日のキャンプイン時点で山﨑は22キロの減量に成功し、88キロとなっていた。体重減によって飛距離が落ちることが不安だった。しかし、それは杞憂に終わった。
「体重を落としたことで、バッティングに支障が出るだろうと考えていました。でも、やっぱり身体が軽いからとにかく動けるんです。走ることに関してはすごくラクになったし、それによって瞬発力も出てきた。ボールの飛距離についても、そんなに落ちたわけでもない。この年のキャンプはすごくラクだったことを覚えていますね」
前年には16本塁打を記録していた。星野が監督に復帰したこの年は「背番号ぐらいは打ちたい」と、22本塁打を目標としていた。しかし、その目標は上方修正することになる。前述したダイエット効果のたまものだった。
「自分でも驚いたけど、ダイエットで絞ったことで、身体にキレが出てきました。そしてボールも飛ぶようになった。星野さんの狙いが見事にハマったんです。自分は《星野チルドレン》じゃなかったから、心のどこかで“星野さんに認めてもらいたい”とか、“星野さんを見返したい”という思いで頑張ることができたのも事実。認めてもらうためには結果を残すしかない。そんな思いでこの年は過ごしました」
星野が監督に復帰した96年、山﨑にとってのプロ10年目、その才能が開花する。39本塁打でホームラン王のタイトルを獲得したのである。「自分は星野組の組員ではない」という自覚があった。自ら選んだ道ではあったが、この頃の山﨑の内心には複雑な思いが渦巻いていたという。
「僕自身、何でもかんでも“はい、はい”と人に飛び込んでいくタイプじゃないし、そういうことが好きじゃなかった。それに、“”必ずしも星野さんの言うことが絶対だとは思わない”という考えもあった。実際に、“いや、それは違うと思います”と言ったこともありました。そんな態度は、上の人から見ればやっぱり面倒くさいと思いますよ。決して星野さんに嫌われていたとは思わないけど、立浪や中村さん、彦野さんとは違うテイストでかわいがってもらった気がしますね。それは後に楽天で一緒になったときもそう。“アイツ、かわいくねぇな”って思われていたはず(苦笑)」
こうした事態を称して、山﨑は「星野さんとは初めからボタンを掛け違えていた」と口にした。そしてここから、「監督と主砲」としての関係が新たに始まることになる——。
(山崎武司「後編」に続く)
Profile/山﨑武司(やまさき・たけし)
1968年11月7日生まれ。愛知県出身。愛工大名電高校から、86年のドラフト2位で中日ドラゴンズ入団。アメリカマイナー留学を経て、89年に一軍初出場。星野第二次政権が誕生した96年に39本塁打を放ち、ホームラン王を獲得。2003年にトレードでオリックス・ブルーウェーブに移籍。04年オフに戦力外通告を受け、05年からは新球団東北楽天ゴールデンイーグルスへ。07年には43本塁打で11年ぶりのホームラン王、打点王の二冠に輝く。12年からは古巣のドラゴンズへ。13年限りで現役を引退。現在は野球評論家。
Profile/星野仙一(ほしの・せんいち)
1947年1月22日生まれ。岡山県出身。倉敷商業高校、明治大学を経て、68年ドラフト1位で中日ドラゴンズに入団。気迫あふれるピッチングで、現役通算500試合に登板し、146勝121敗34セーブを記録。現役引退後はNHK解説者を経て、87~91年、96~2001年と二期にわたって古巣・ドラゴンズを率いる。02~03年は阪神タイガース、07~08年は日本代表、そして11~14年は東北楽天ゴールデンイーグルスで監督を務める。17年、野球殿堂入り。翌18年1月4日、70歳で天に召される。
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インタビュー&文=長谷川晶一
撮影=永谷正樹
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この記事を書いた人
1970年生まれ。早稲田大学卒業後に出版社へ入社し、女子高生雑誌『Cawaii!』などのファッション誌の編集に携わる。2003年からフリーに。ノンフィクションライターとして活動しながら、プロ野球12 球団すべてのファンクラブに入会する「12 球団ファンクラブ評論家®」としての顔も持つ。熱狂的な東京ヤクルトスワローズファンとしても知られ、神宮球場でのホームゲームには全試合駆けつける。単行本が7刷となり文庫化もされている『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(単行本:インプレス、文庫:双葉社)をはじめ、ヤクルト関連の著書・連載多数。スポーツ総合雑誌『Sports Graphic Number』(文藝春秋)にも定期的に寄稿中。日本文藝家協会会員。
お問い合わせ:smartofficial@takarajimasha.co.jp
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