銀座の高級ステーキ、帝国ホテルのスイート、そして愛の故意死球…「星野仙一にいちばん叩かれた男」中村武志が受けた“規格外の教育”
執筆者: ノンフィクションライター/長谷川 晶一

「この日本シリーズはキャッチャーの差で負けた」
中村にとって、この年の日本シリーズで忘れられないのは、第5戦延長11回でサヨナラ負けを喫し、ライオンズが日本一を決めた直後の星野の言動だという。ロッカーで帰り支度をしている選手に向かって、指揮官は一喝する。
「全員出てこい!お前ら、西武の胴上げを見ろ!この悔しさを覚えておけ!」
この言葉は、今でも中村の脳裏にハッキリと焼きついているという。
「監督からすれば、“この悔しさを覚えておけ”ということであり、“王者西武から、何かを盗め”という意味だったのだと思います。そして、最後のミーティングが終わってから、僕だけ監督に呼び止められました。このとき、“このシリーズはキャッチャーの差で負けたな”と言われ、さらに、“伊東(勤)を見習え”とも言われました」
黄金時代を迎えていたライオンズの司令塔である伊東を見習え。それが、星野からのメッセージだった。このとき、星野は淡々としていたという。もちろん、「闘将」の代名詞である鉄拳制裁もなかった。この敗戦から、何かを学べ。それは、中村がさらなる高みへと昇るための、師からのエールだったのかもしれない。
「それ以来、伊東さんのようなキャッチャーになることを目標にしました。当時は雲の上の存在だったけど、その後は、伊東さんと少しずつ会話をする機会も増えていきました。現役引退後には千葉ロッテマリーンズ・伊東監督の下でコーチも務めました。印象に残っているのは、“勝って当たり前と思われているほどキツイものはない”という言葉です。あの当時の西武はいいピッチャーがそろっていたけど、だからこそ伊東さんは強烈なプレッシャーの中でプレーをしていた。“あぁ、オレたちはラクな環境で野球をやっていたんだな”って思い知らされましたね」
星野が口にした「伊東を見習え」という指示は、中村のさらなる成長を期待してのものだったのである。
この記事を書いた人
1970年生まれ。早稲田大学卒業後に出版社へ入社し、女子高生雑誌『Cawaii!』などのファッション誌の編集に携わる。2003年からフリーに。ノンフィクションライターとして活動しながら、プロ野球12 球団すべてのファンクラブに入会する「12 球団ファンクラブ評論家®」としての顔も持つ。熱狂的な東京ヤクルトスワローズファンとしても知られ、神宮球場でのホームゲームには全試合駆けつける。単行本が7刷となり文庫化もされている『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(単行本:インプレス、文庫:双葉社)をはじめ、ヤクルト関連の著書・連載多数。スポーツ総合雑誌『Sports Graphic Number』(文藝春秋)にも定期的に寄稿中。日本文藝家協会会員。
お問い合わせ:smartofficial@takarajimasha.co.jp
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