「嫌いな人こそ笑顔で接しろ」盟友・田淵幸一も驚いた星野仙一流“ジジイ殺し”テクニックと飴と鞭の“人心掌握術”
執筆者: ノンフィクションライター/長谷川 晶一

現役時代には「燃える男」と称され、監督時代には「闘将」と呼ばれた星野仙一が天に召されてすでに7年が経過した。一体、星野仙一とはどんな人物だったのか? 彼が球界に遺したものとは何だったのか? 彼の実像を探るべく、生前の彼をよく知る者たちを訪ね歩くことにした。彼らの口から語られる「星野像」は、パブリックイメージ通りである一方で、それとは異なる意外な一面もあった。「星野仙一」のリアルに迫りたい——。【田淵幸一インタビュー全2回の2回目/第1回を読む】
久々に「仙ちゃん」と呼んだのは「お骨」になったとき。親友・田淵幸一が語る星野仙一の“素顔”と“打倒ジャイアンツ”の誓い

面従腹背、嫌いな人物こそ笑顔で接しろ
「アイツとは長いつき合いだけど、阪神時代が最も密な関係だったな。あの頃は365日のうち、会わない日はほとんどなかったから」
星野仙一のことを「アイツ」と呼ぶのは、大学時代からの親友である田淵幸一だ。2002(平成14)年、星野は阪神タイガース監督に就任する。このとき、田淵に対して開口一番、「ブチ、やるぞ!」と口説いたことはインタビュー前編で詳述した。
「キャンプ前のミーティングから、春季キャンプ、オープン戦を経て、ペナントレースが始まる。シーズン中はベンチ内だけでなく、遠征先のホテルでもずっと一緒。そして、シーズン終了後にはまたミーティングをして、オフには一緒にゴルフをしたり、パーティーに出たり。アイツが東京に出てくると、各界の有名人がワーッと集まってくる。顔が広かったし、交友関係も多彩だった。まさに政治家向きのタイプだよね」
本連載において、東京六大学時代から対戦をしていた江本孟紀も、明治大学の1学年先輩である高田繫も、いずれも星野のことを「政治家タイプだ」と評していた。そして、同い年の親友である田淵もまた同じことを口にした。
「とにかくジジイ殺しだよね。政治家の先生、会社の社長など、オジサンの求めているものをちゃんと理解し、身のほどをわきまえた会話をしている。よく、“星野は怖い”と言われるけど、全然、怖くない。時と場所に応じて立ち居振る舞いを使い分けることができるし、選手たちに対しても飴と鞭を上手に使い分けていたからね」
江本も、高田も「飴と鞭」という言葉を使っていたことが思い出される。星野を評するとき、彼をよく知る者たちはみな、「政治家タイプ」、そして「飴と鞭」と口にする。田淵はさらに続ける。
「オレ、星野に怒られたことがある。彼と一緒にいろいろなところに行くでしょ。そこに苦手な人、嫌いな人がいる。星野は楽しそうにしゃべっていたけど、オレはそいつとは一切しゃべらなかった。彼だって、本心ではそいつのことを嫌いなんだよ。だから、後で“何であんなに楽しそうに話すことができるんだよ?”って聞いたら、星野は“これはビジネスなんだ”って言うんだ。“どんなに嫌いなヤツでも、顔に出したらダメだ”って叱られたよ」
面従腹背。たとえ嫌いな人物であっても、それを表に出すことは決して得策ではない。星野の言葉を借りれば「ビジネス」である以上、本心をそのまま表明することは避けたほうがいい。むしろ、嫌いな人物こそ、笑顔で接したほうがいい。星野の哲学であった。
この記事を書いた人
1970年生まれ。早稲田大学卒業後に出版社へ入社し、女子高生雑誌『Cawaii!』などのファッション誌の編集に携わる。2003年からフリーに。ノンフィクションライターとして活動しながら、プロ野球12 球団すべてのファンクラブに入会する「12 球団ファンクラブ評論家®」としての顔も持つ。熱狂的な東京ヤクルトスワローズファンとしても知られ、神宮球場でのホームゲームには全試合駆けつける。単行本が7刷となり文庫化もされている『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(単行本:インプレス、文庫:双葉社)をはじめ、ヤクルト関連の著書・連載多数。スポーツ総合雑誌『Sports Graphic Number』(文藝春秋)にも定期的に寄稿中。日本文藝家協会会員。
お問い合わせ:smartofficial@takarajimasha.co.jp
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